異呆人

毒にも薬にもならない呟き

商売は持ちつ持たれつ

先日、ある取引先の担当者(Aさん)から電話があった。

仕事の話かと思ったら、仕事絡みではあるが、「裏話」と銘打った愚痴まじりの下世話な話だった。

業界の醜聞とでも言おうか。

その手の情報はいろいろなところで耳にするが、出処は怪しいし仕事をする上では概ね役に立たない。

私は「そうなんですね〜」とか言いながら軽く聞き流していた。

なぜそんな話をわざわざ電話をかけてきてまでするのかと思ったが、まぁわずかに混じった「愚痴」の成分が、Aさんに「誰かに話したい」と思わせたのだろう。

 

私がその話に食いつかなかったからだろうか、Aさんは「Bさんなら喜んで食いつく話よ」と言って、以前にAさんの会社を担当していた別の営業の名前を出し、「そんな下世話な話が好きな奴」という含意を込めてBさんを批判した。

確かにBさんはそういう出所不明な情報を喜んで仕入れてきては話してくれる人である。

しかしその批判の仕方は、そういう話を持ちかけるAさん自身を貶めるものである。

私からすれば、AさんもBさんも同じ穴のムジナである。

 

今私が仕事をしている業界には、自分が得をすればいいと思っているような連中が山ほどいる。

新規開拓などで荒野を切り開くようなことをすると、すぐに藪から蛇が飛び出してくる。

迂闊なことをすれば蛇に噛まれて怪我をする。

大胆さも必要だが、慎重である必要もある。

そういうときには情報が必要で、不確かなものの形を手探りでも少しずつ探りながら仕事を進めなければならない。

めんどくさい。

嫌になる人も多いと聞く。

まぁどんな業界も多かれ少なかれそういうことはあるので、私自身はあまり気にしていない。

周りが魑魅魍魎であっても関係ない。

その中で自分がどんな仕事をするかである。

 

Aさんは、私からすればたくさんいる蛇のうちの1匹である。

害は少ないが、持ち掛けられる旨そうな話には注意しなければならない人である。

Bさんは少しでも旨そうな話があれば飛びつく人で、藪に分け入って蛇を捕まえては嬉々としているような人である。

私は捕まえた獲物が蛇だとわかれば手を離すか、遠慮なく頭を叩き割るタイプである。

その辺りの立ち回りは難しいのだが、できるだけ信念を持って仕事をしたいと思っている。

つまり場合によっては取引先を選ぶようなこともする。

売上が立てば何でもいいとは思っていない。

好き嫌いで仕事をすることはないが、最終的にその仕事が所属先に利益をもたらすかどうかについては、自分の売上目標などの損得抜きに長期的かつ全体的に考えるようにしている。

そんな私の姿勢からか、私は周囲から「取引先に厳しい奴」と思われている。

それは確かにその通りかもしれないが、それが私にとってはあるべき姿だと思っている。

 

「お客様は神様です」というフレーズが持て囃されたことがある。

飲食業やサービス業のようなB to Cの仕事なら、それは一つのサービスの在り方だと思う。

その商品やサービスが必要だから顧客は買うわけで、それを買ってもらって企業は利益を得るわけで、その関係はWin-Winだと言えなくもないが、金を払ってサービスを受ける顧客が立場が上だとするような風潮がある。

そしてその「顧客第一主義」が徹底されていれば、その企業は信頼を得るわけで、それは回り回って企業の利益に結びついてくる。

 

だがB to Bの仕事はそうでない部分があると、私は思っている。

例えばメーカーにとって、神様たる顧客はエンドユーザー、つまり実際にその商品を利用する人である。

しかし場合によっては、流通の過程で卸業者を通すこともあれば、販売店に打ってもらうこともある。

直売でエンドユーザーと繋がってるようなメーカーは、世の中には少ない。

そうした場合、メーカーにとって卸業者や販売店はどういう存在だろうか。

あるいは卸業者や販売店にとって、メーカーや上流にいる卸業者はどういう存在だろうか。

 

私はB to Bの取引先はパートナーだと思っている。

会社の規模だとか取引の形態だとかに関わらず、お互いに利益を上げて成長していけるような関係が望ましいと思っている。

だから一方が高圧的に出たり、媚び諂ったりするような関係は間違っている。

最近は不当な値下げ要請などの下請けイジメが槍玉に挙げられることが増えているが、そういう関係は最終的にどちらかが破綻し、長期的には両者が損をする。

商売というのは持ちつ持たれつなのである。

そのバランスが取れて、お互いが気持ち良く仕事出来ることが理想である。

 

だから私は筋の通らない顧客の我儘を認めないことがある。

それで取引を切られても仕方がない。

そんな条件で行われる取引は、所属先に利益をもたらさない。

自分のそんなやり方を会社から批判されるときは、私は正面切って反論する。

「何が何でも仕事を取る」ことは難しくない。

ただそれが利益をもたらすかどうかは別である。

赤字仕事なんかしても何にもならない。

 

だから私は営業の仕事の一つは、「この条件なら仕事が取れる」というところまで話をまとめることだと思っている。

そしてできれば「この条件」ができるだけ互いにメリットがある水準でまとまるように、交渉をコントロールできることが望ましい。

そこから先に話を進めるかどうかは裁量の問題であり、自分に裁量があればさっさと決めるし、自分に裁量がなければ上司にお伺いを立てるだけである。

それは行き着くところまで行き着けば、「経営判断」になってくる。

 

そんなあれこれを考えながら、日々悶々と仕事をしている。

私自身が手を出したり口を出したりできることは限られている。

ときに状況がただ悪化していくのを、見ていることしかできないこともある。

歯がゆい。

いや、そんなことに歯がゆさを感じることなど、本来必要ないことなのだろう。

サラリーマンは駒である。

きちんと1個の駒として機能を果たしていればいいのだ。

まぁ、そう割り切れないから悶々とするわけだが。