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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

「うつ」だった彼女

うつ病というのは珍しくない。

心の風邪」というのはかなり軽く見過ぎな気がするし、誰でもなり得るというとそれも言い過ぎな気はするが、遠い国の戦争のように画面越しの話ではない。

身近に存在するもので、ありふれていると言ってもいいかもしれない。

それでも私自身はたぶん、うつ病にはならないと思う。

というか、なるならこれまでの人生のどこかでなっている。

おそらく性格的な問題だろう。

自分を追い込むことはあっても追い詰めることはない。

常に客観的で冷静だと、鬱屈とした気持ちの塊も、臨界点に達する前に冷めてしまう。

 

一般論でもあるが、うつ病になりやすい人は総じて真面目で自罰的である。

だからいろいろなものを自分の中で背負い込む。

他罰的だと、ストレスはヒステリーとか暴力とかいろんな形で外へ発散される。

これはこれで他人にとっては迷惑なわけだが、残念ながら当人にとっては良い方向に働いている。

自罰的な人はストレスが内側に向かうので、それが心身を蝕む。

自分が悪いと思い込んだり、どうにもならないものをどうにかしようとしたりする。

あるいは、どうにかなることをどうにもならないと諦めてしまう。

仕事のストレスでうつ病になる人は、簡単な話、仕事を辞めてしまえば良いわけである。

それでは生活の糧が得られないとか、辞めると自分の代わりに仕事をする人がいないとか、いろいろな問題はあると思うが、それで身体を壊すとか挙句死んでしまうよりは余程マシである。

もちろん、そういった正常な判断ができないからこその「病気」であり、そんな判断ができないことが悪いわけではない。

そこまでその人を追い詰める状況が悪い。

 

私の周りにもうつ病になった人は何人かいた。

一番酷かった友人は、2,3度、睡眠薬の過剰摂取で自殺を図っている。

リスカなどの自傷行為もしていたようである。

その友人は女性だったが、わりと私は親しくしていた。

普段はユーモアがあって笑いをとるのが上手かったりする陽気な女性である。

だが自分のやりたいことと、それができていなことの狭間で、劣等感に悩んだりもしていた。

その劣等感や無力感が増大してうつ病につながったのではないかと、勝手に解釈している。

まぁ他人が斟酌することにさほど意味はない。

他人がしてあげられることはない。

強いてできることを挙げるなら、それは黙って傍にいることだけである。

アドバイスや励ましなどせず、頼ってもいい人がいることだけを示してあげればいいのではないかと思う。

 

その友人から、自殺未遂に関する話を直接聞いたことはなかった。

私はいつも、彼女が事後にブログでそれを報告するときに知った。

リアルの友人でもあったが、ブログ仲間という側面が強いという奇妙な関係だった。

決して私たちが似ていたわけではないが、お互い一般とはかけ離れた感性を持っているという点にシンパシーを感じていたのかもしれない。

そういえばサシで飲みに行ったこともある。

「お互い、いつか『普通』になりたいね」とか、そんなことを話していた。

私には意外とそういう友人が多く、世間とはズレてしまって鬱屈とした悩みを抱え得ている人間が、よく相談というか憂さ晴らしに私のところに来たりする。

彼ら彼女らは私のことを「面白い(興味深い)」と評したが、私からすれば彼ら彼女らの方が余程面白かった。

 

その友人は数年前に結婚した。

それまではフリーターとニートを行ったり来たりしていたが、仕事も見つけて働き始めたそうである。

結婚式に呼ばれて行ったが、彼女の谷底を知っている人間としてはとても感慨深かった。

うつ病は薬を飲めば楽になるようだったが、逆に薬のやめどきに苦労したようである。

そんな経緯も、彼女のブログで見ていた。

後から知ったが、彼女のブログを見ていた友人はごく少数だったようである。

だから式でも、自殺未遂の事実は言葉を選んで語られていた。

 

ちなみに私の嫁予定の彼女も、うつ病を患っていた時期があったそうだ。

打ち明けられたとき、正直1mmも驚かなかった。

彼女の性格から推察すれば、何か不幸な出来事が重なれば、そうなってもおかしくないだろうなと思った。

だからそれで交際をやめようとか、結婚をやめようとか思わなかった。

たぶん彼女が現在進行形でうつ病でも同じ判断だったろう。

まぁそもそも、彼女がうつ病だったときに私と出会うことはなかっただろうが。

 

現在進行形でうつ病に苦しんでいる人には、希望など見えないだろうし、前向きな言葉など届かないかもしれない。

そもそも私は死ぬことに否定的でないので、さほどどうにかしてあげようという気もない。

が、健康になって普通の人生を送っている人もたくさんいるわけで、本人が思っている以上にどうにかなったりするものである。

もちろん健康になるには治療が必要なわけであり、それがどのくらいの期間続くかはわからない。

死ぬほど辛いなら死んでもいいと思うが、少しくらい余裕があるなら気長に待ってみるのも一つだと思う。