異呆人

毒にも薬にもならない呟き

SかMか

昔は「Mでしょ?」と言われることが多かった。

別にMっ気を晒していたわけではない。

昔から陸上競技の長距離をやっていたから、「長距離を走るのが好きな奴はドM」と決めつけられていただけである。

なかなかに酷い決めつけだが、世の中にはそう思っている人が多いのではないだろうか。

だが長距離を走るのが好きな人は、苦しいことが好きなわけではない。

私であれば走り終えた後の達成感とか、走っているときの没頭感が好きなのである。

苦しまずに走れるのであれば、それに越したことはない。

少なくとも私が知っている範囲では、「走っているときの苦しさが好き」なんて人間はいない。

 

自分自身を振り返って考えたとき、確かに「M」だと思う節がなかったわけではない。

私はきっと、誰かに隷属することに快感を覚える性質である。

今までそんな相手に巡り合わなかっただけで、自分にとっての「絶対者」につき従うことはとても楽で気持ち良いことだと思う。

あるいは美人の女王様に拘束されてイジメられたら、きっと興奮するのではないかと思う。

まぁそんな経験はないのでわからないが。

 

だから「Mでしょ?」と言われると即座に否定してきたが、内心その可能性もあるなと考えていた。

ところが最近は逆に、「S」だと思われることが増えている。

特に仕事関係の人にそう言う人が多い。

私は仕事においては自他共に厳しい方だと思うので、それをして「Sっ気がある」と思われているようである。

確かに、他人を叱咤、あるいは批判することに快感を覚えることもある。

このブログを継続的に読んでいる人がいるなら、私の旺盛な批判精神、というかただの「いちゃもんつけるのが好きなだけ」という性質はご理解いただけると思う。

あと密かに、女性の困った顔を見るのが好きだったりする。

何かトラブルが起こったときに「どうしよう。。」と悩んでいる顔は、何とも官能的である。

あのやや眉根を寄せた表情が、快感を感じているときのそれに近いからかもしれない。

さすがにいい大人なのでそんなことはしないが、ちょっとイジメてみたくなるときはある。

ちなみに彼女からは「ドS」と言われている。

夜の方はそれで間違いない。

彼女は「ドM」なので、需要と供給がマッチしており問題はない。

 

大学生の頃、当時いた大学の卒業生で、そのときは他大学の大学院にいた齢30過ぎの男性が、「SとM」について面白いことを言っていた。

その院生は確か博士課程で、私のいた大学に研究のため長期滞在していた。

忘年会か何かの飲み会のときの話で、私は面白いなと思って聞いていたが、女性陣がドン引きしていたことを覚えている。

その院生曰く、「人間はSかMか、なのではなく。SにもMにもなれるか、どちらでもないかである」ということだった。

「与えられた苦痛を快楽と受け止められる感受性のある人は、苦痛を与えることを快楽と感じられる素養がある。逆もまた然りである。それ以外の人は、そのどちらも受け入れられない人である」というような趣旨だったように記憶している。

自分自身、SかMかどちらでもあるような気がしたし、どちらでもないような気もしていたので、なるほどなと思ったものである。

正解かどうかはともかく、発想が面白いなと思った。

 

SとかMといった性質があるのではなく、そういう類の感受性があるという考え方は納得ができる。

そしてその話を踏まえて、「SとM」について最近私はこう解釈している。

「すべての人間にはSMの感性が備わっている。それが強いか弱いか、どちらが強く発現するかの違いである」と。

性感帯などは、開発することでその感受性が高まる。

同じようにSMの感性も、すべての人間において開発可能なのではないだろうか。

デフォルトの感受性に違いがあるだけで、皆がSにもMにもなれる可能性を秘めているのである。

 

まぁ、あまり開発する必要のない感性であることは、最後に付け加えておく。