異呆人

毒にも薬にもならない呟き

Tちゃんの話

高校生の頃、同じ部活動にTちゃんという女の子がいた。

特別に美人というわけではないが、人形のような愛らしさがあり、部のアイドルのような存在だった。

やや天然なところがあり、そんなところも彼女の愛らしさを助長した。

男子には人気があったと聞く。

その天然っぽさについては、「あれは計算だ」という男女もいた。

実のところどうだったかはわからない。

私の見立てでは、彼女は計算のできる天然だったと思う。

かなり頭は良いが、世間知らずなので天然に見える。

計算はできるが、自分を可愛く見せるために計算はしない。

その純粋さが余計に彼女を天然っぽく見せる。

そういうタイプだったと思う。


私の勘違いでなければ、私はTちゃんに思いを寄せられていた。

私のどこが良かったのだかわからない。

初めは1年生の夏だったと思う。

人数の多い部でパートも違ったので、私はTちゃんと話したことはなかった。

夏休みの部活終わりの少しまどろんだ時間に、彼女は同学年の女子と2人で声をかけてきた。

「うちで飼ってるダックスフンドみたいに髪がサラサラだね」と言われたことを覚えている。

彼女はたぶん褒め言葉のつもりでそう言った。

隣の女子が慌ててフォローしたのが余計に可笑しかった。


Tちゃんはよく、そのときの2人組で話しかけてきた。

当時の私は一匹狼的な感じで1人でいることが多かったので、雰囲気が暗いことを除けば、比較的話しかけやすかったと思う。

少し話をする間柄になると、「私がこういう風に挨拶したら、こういう風に返してね」というようなことを言われた。

かなり恥ずかしかったので最初は拒否したが、しつこくねだられるので、そのうち根負けして答えるようになった。

ちなみに一般的には、「2人だけの約束事」というのは両者の心理的距離を縮める効果がある。

共犯心理のようなものである。

もちろん、それを認識して客観視できる私には効果がない。

一緒にいた女子の入れ知恵か、Tちゃん自身の知識かわからないが、周到な作戦である。


それ以外にも、Tちゃんは私との距離を縮めようと試みていたように思うが、それはさほど成功しなかったと思う。

当時の私に女性と交際する意思はなかった。

「生きるべきか、死ぬべきか」みたいに考えている人間に、万一死んだ際に悲しむ人間が増えるような選択はできようはずがない。

そもそも恋愛感情が死んでいる状態だったので、そんな気持ちにもなれなかった。

当時の私は、女の子全員の名前を「苗字にさん付け」で呼んでいた。

どんなに仲良くなっても絶対に。

呼称というのは、互いの関係性に大きく影響する。

呼び方を変えるだけで心理的距離は変わる。

だからそれが私なりのバリアだった。

たぶん当時の私のATフィールドは、六角形の赤い干渉波が目視できるレベルだったと思う。


高校3年くらいになると、さすがのTちゃんも半ば諦めていたように思う。

Tちゃんの好意のオーラは界王拳のようにわかりやすく発現していたので、周りの女子や先生からも「Tちゃんの何がダメなの?」と間接的に責められた。

本当にTちゃんは善良で、皆のアイドル、あるいは天使だったのだ。

それは私にも認識できた。

だがTちゃんがいくら良い子でも、私自身がその気持ちを受け止められないほど壊れていた。

それだけである。


高校卒業後も年に1回くらいのペースで同窓会のような集まりがあり、Tちゃんとはしばしば会った。

最初の頃、Tちゃんはまだ私なんぞに未練を残していたように見えた。

皆で海に行く機会があったとき、水着のTちゃんが「サンダル履くから肩貸して」と掴まってきたこともあった。

Tちゃんらしからぬ、反則スレスレの技である。

大学生になると、そういう必殺技が使えるようになるらしい。

皆で飲みに行って酔っ払い、帰り道にもたれ掛かられたこともあった。

どうしようかと思ったが、隣にいた別の女子が「それくらい許してあげて」と言ったので、駅まで黙認した。

会うたびに「彼女ができたら教えてね」と言われていた。


大学生も後半になると、Tちゃんに彼氏ができたらしかった。

私は素直に祝福した。

Tちゃんが望めば、もっと早くに良い男を見つけることはいくらでもできたと思う。

そういう意味では、申し訳ない気がした。

無論、Tちゃんから好意を感じていたのは、私の勘違いかもしれない。

私は言葉で好意を告げられてはいない。

ここに書いたことは妄想とも言える。

そう考えると、気持ちは言葉にしないと、わかりようのないものである。

もちろん、ある程度は察することはできる。

だが、察している状態と言葉にされた状態では雲泥の差がある。

勝算のない勝負をしないくらいに、Tちゃんは最後まで冷静だったと私は思っている。


Tちゃんは天使と言われていたが、大学卒業後は白衣の天使になった。

そして間もなく、仲間内では一番早くに結婚した。

そして一番早くに出産もしている。

子供がいると外出するのが難しいようで、最近はほとんど会っていない。

SNSでお互いに近況を報告し合う程度である。

幸せそうで何よりだと思っている。

結婚してからも「彼女ができたら教えてね」と言われ続けていた。

今度結婚することになったが、まだ報告できていない。

そのことを告げたとき、彼女はどんな顔をするだろう。