異呆人

毒にも薬にもならない呟き

憧れと嫉妬と諦念

毎日、日経新聞を読んでいる。

経済紙なので、最新のビジネスの話題や政治の話題が中心で、興味のない人にはまったく面白くないだろうが、私は好きなので読んで楽しんでいる。

学生の頃、自分が政治や経済に興味を持つとは思わなかった。

大学で文学部系統の学部に進んだのも、いわゆる実学が嫌いだったからである。

自分が生きていることの意味が見出せず、思索に耽って観念の世界に生きていた。

そんな当時の私にとって、仕事をして金を稼ぐこと、仕事で世の中を変えることなど、どうでもいいことだった。


勤め先を選ぶときにも、特に何かにこだわったわけではなかった。

適当に選考を受けて受かった会社の中から、条件の良いところを選んだだけである。

仕事以外の何かに生き甲斐を見出したかったし、仕事は金を稼ぐ手段でしかないと思っていた。

いちサラリーマンとして、平穏無事に会社員人生を送れれば十分だと思っていた。

しかし実際に仕事を始めてみると、なかなかそうもいかない。

どうしたって平日は朝から晩まで仕事で、それが生活の中心になってしまう。

身体的負荷が大きい仕事でもあったので、平日家に帰って飯を食うとすぐ寝てしまった。

休日は出来るだけいろんな所に出掛けて、いろんなことをするようにしたが、これという生き甲斐のようなものは見つけられなかった。


ただ、仕事は段々と面白く感じるようになっていた。

初めは目の前の仕事を捌くのに精一杯だったが、慣れてくれば仕事を自分でコントロールできるようになった。

専門商社の営業だった。

数多くある仕入先から適切なところを自分で選び、時には価格や納期の交渉をする。

相場はあっても定価はない商品が多かったので、売値も自分で決める。

他社と相見積もりになり、見積もり提出後にギリギリの交渉をすることも多かった。

自社製品については本社相手に仕入れ価格を交渉し、売値は他社の価格のギリギリ下をくぐれるように情報収集と交渉を行う。

売上だけでなく利益目標もあったので、極端な安売りは自分の首を絞めるし、相場を破壊すればそれは回り回って自分に跳ね返ってくる。


情報収集も楽しかった。

取引先を回って、雑談の中から案件の話を集めた。

「〜の仕事はあの会社が受注したらしい」、「今度〜という案件があって各社が取り合いをしている」などの話を聞いては、受注先や下請けを回って、他社より一歩早く動くようにした。

そうやってたくさんの情報を集めて持っていると、取引先も無碍にはしない。

「あいつと話をすれば面白い情報が得られる」となり、さらに情報が集まる。

そうなれば信頼も厚くなり、交渉余地も大きくなる。

「忙しいから仕事を外注したい。下請け先でいいところはないか?」とか、会社の仕事としてはグレーな、ブローカーのようなことを頼まれることもあった。

売上が伸びれば仕入先からも一目置かれ、価格交渉を受けてもらえるようになったり、同じ商品で相見積もりになれば、仕入れ値の調整で優先的に受注できるようにしてくれたりもした。

「新商品の販促のために販売同行をしたい」と、所長を飛ばして私に話してくるメーカーもあった。

まだ20代半ばだったが、関係先には知られた存在になっていた。


ただ限界も感じていた。

その会社では割り当てられたエリア内でしか仕事が出来ない。

パイは決まっていて、私が伸ばす余地はもうなかった。

人事評価は予算の上振れ率で見られるが、上振れも下振れも少ない当時の担当エリアでは、高評価を得ることは難しかった。

今もよく言われるが、私の仕事は定量的に評価出来ない部分が多いらしい。

当時の所長がMVPに推してくれたこともあったそうだが、数字が少し足りないと本社で却下されたらしい。


欲が出たというか、もっと大きな仕事をしてみたい、できれば自分で起業してみたいと思い始めていた。

新聞で読む華やかなビジネスの世界に憧れを持った。

まだ失敗してもやり直せる年齢だと思ったし、挑戦するなら今だと思った。

それで転職したわけだが、その挑戦は呆気なく失敗に終わった。

大失敗というほどでもない。

いろんなものが少しずつ足りず、歯車が少しずつずれた。

悪くはなかったが、悪くない程度ではダメな世界だった。

転職は若気のいたりと言えなくもないが、今でもその決断自体は良かったと思っている。

いつかその失敗談も詳しく書いてみたい。


今も仕事のコントロールはできている。

そこそこ面白い。

だが最初の勤め先のときと同じで、私にできることは限られている。

狭い世界でこちょこちょと動き回ることしかできない。

多くの人や多くの仕事はそんなものだとわかっている。

だがやはり華やかなビジネスの話題を見聞きする度に、また自分の力を大きなフィールドで試したいという思いが頭をもたげる。

それは分不相応な考えなのだろう。

そんな憧れと嫉妬と諦念が、経済紙を読みながら私の中でない交ぜになって渦巻く。

いつかきっとは、いつまでもきっと来ない。

苦いコーヒーを美味く感じるような、複雑気持ちで今日も仕事をする。