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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

人生の妙味

最近嫌なことが続いている。

初詣のおみくじが大吉だったことなど、何の効果もないことが明白になっている。

信心のない私は、はなから期待してなどなかったが、昨年は久々に風向きが良くなってきたと感じただけに、少し残念ではある。

運気などは気にしないが、物事には流れとか調子がある。

調子の良いとき、流れの良いときというのは、無意識のうちに良くなるポイントを押さえているものである。

逆にそれが悪いときは、注意しているつもりでも集中力が散漫になっていたり、やるべきことができていなかったりする。

もちろん単なる運もある。

しかしながら、運も実力のうちである。

 

仕事で精神的に大ダメージを受けることが3つほど続いた。

それ以外にも我慢を強いられる状況が続いている。

しかしながら人生というのは、どんなにつらいと思っても、死にたいと思っても、本当に死んでしまわない限りゲームオーバーにはならない。

それが人生の妙である。

これをありがたいと受け止めるか、生き地獄だと受け止めるかは、その人が歩んできた人生や、今いる人生のステージによるだろう。

まぁどう受け止めたって、大抵の場合に明日が来ることに変わりはない。

 

私は本当につらいなら死んだって良いと思っている。

自殺を推奨するつもりはないが、止める権利も理屈も持たない。

実際、人生なんて大概は苦痛の連続である。

幸いにも人間には素晴らしい忘却能力が付いているので、後から振り返ればつらいことの半分以上は忘れ去られている。

人生の幸と不幸が半々に感じられるなら、それは忘却能力が健全に働いている証拠である。

逆に死ぬほどつらいと感じられて本当に死んでしまうなら、それは身体の機能が正常でないということ、それほど追い込まれているということである。

生物は基本的に自死するようにはできていない。

 

生きていれば何だってできる、というわけではない。

自分の能力には限界があるし、生まれなどの境遇は変えられない。

幸せを感じることは難しくないが、刹那の幸福感のために膨大な労苦を費やすべきか、私には何とも言えない。

少なくとも、生きていた方が良いよ、生きていれば良いことがあるよ、と言うだけの材料というか経験を、私は持ち合わせていない。

そういうことを軽々しく口にできる人は、たぶん生きているという事実にきちんと向き合っていない。

もしくは単に恵まれている。

 

たとえどんなにビハインドを背負っていても、簡単に終わってくれないのが人生である。

逆転不可能な点差がついても、コールドゲームにはならない。

ただ、生きていくだけなら、殊に日本は恵まれているので、多くの場合は苦労しないだろう。

働かなくても生活保護で生きていける。

ホームレスだって生きている。

悪事を働いて牢屋にぶち込まれれば、飯にありつける。

上を見ればキリがないが、下を見てもキリがない。

実に妙味があって面白い。

 

20歳頃にはそう思っていたから、仕事は大して選ばなかったし、将来どうなりたいというのもなかった。

仕事を始めて、世俗というか社会にまみれて、もっと社会的に良くなりたいという欲が出た。

頑張ればどうにかなるのではないかと思った。

それが気のせいだったとわかったとき、どうにも生きるのが嫌になった。

絶望したわけではない。

絶望するほどの希望は抱いていない。

いわば、一生懸命400mトラックを走ったら、スタート地点に戻ってきただけである。

走り回った疲労感と、やるだけやったという達成感はあったが、30歳目前にして改めて気付き、至った境地が、20歳のそれと同じだったという現実は、苦笑するに余りある。

 

奨学金をブーストして繰り上げ償還していたし、特に人生の伴侶をもらう予定もなかった。

死んでも誰に迷惑をかけることもない、ちょうど綺麗に収束するタイミングだった。

ただやはり、死ぬほどの理由もなかった。

確かにそれは私の中の理屈には則っていたし、不可解な美しさのようなものはあっただろう。

それも良かったと思う。

そうしなかったのは、惰性で生きることに慣れてしまったからかもしれない。

死ぬのが怖かったのかもしれない。

なんにせよ、準備をあれこれ考えているうちに、めんどくさくなってやめてしまった。

そしてまた朝が来る

 

いつも何をするときも、きっかけがない。

自分から動いてきっかけを無理に作っては、タイミングを外して失敗する。

このどうにもならない感じも人生の妙味だろうか。

いつか、どこか、と思っているうちに、焦れて先走ってしまう。

せっかちなのがいけないのかもしれない。

今はできるだけ同じことを続けて、何かのタイミングを見計らっているつもりである。

しかし今度はじりじりと状況が悪化し、真綿で首を絞められている気分である。

また上手くいかなそうだ。

酒がすすむ。