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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

夏休みの過ごし方 〜小説を書く〜

随想

夏休みに入っている。

8/10〜8/21までという異例の長さである。

いろいろ事情があって、会社から出張の量を制限されている。

出張しないと私にできる仕事はほとんどない。

だから最近は内勤で暇を持て余し、他人の仕事の補助ばかりしている。

おかげで普段はやらない業務の習熟度が上がり、器用貧乏ぶりに拍車がかかっている。

そんな状態なので思い切って有り余る休みを消化し、11日間という長期休暇を実現したわけである。

 

しかし大してやることがない。

最近なかなかランニングができていないので、この機会に少し走りこもうかとは思っている。

それでも丸一日使うほどではない。

最近は出かけるのは彼女と一緒のときだけにしている。

その方が金を使わないで済む。

だから彼女と会わない休みは、日がな一日部屋でゲームに興じるか、こうやって駄文をしたためている。

非生産的だし刺激に欠けるが、私は元来そういった時間の過ごし方が苦ではない人間である。

だがそれも11日間となればどうだろう?

生産性どうこうの前に、人間がダメになりそうな気がする。

 

まぁ元々ダメ人間ではあるので、そうやってダラダラ過ごすのは良い。

しかし時間が余る。

このブログの記事を「夏休みスペシャル」と題して1日2本上げようかと思った。

それも良いが、1日2本だとハイペース過ぎてネタを使い果たしそうな気がする。

ポケモンでも探し歩こうか?

このクソ暑い中。

いや、それはやめておこう。

 

腹案として、せっかく有り余るほど時間があるので、小説でも書こうかと思っている。

「書こうと思う」と言うと語弊がある。

正確には「書きかけているものを書き上げたい」と思っている。

実は昨年から少しずつ書き進めているものがあり、文字数にして今40,000字くらいまで書いている。

自分の中では話の1/3くらいは書き終わったつもりである。

長編小説というのは原稿用紙300枚、12万文字が一つの目安らしい。

まったく意識していなかったが、私は長編小説を書いているということになる。

しかしなかなか筆が進まない。

厳密にはPCで打っているので、指が進まないと言うべきか。

書くという行為は、私にとって楽しい行為である。

こういう何でもない文章なら尚更だ。

だが書いているものによっては苦しい行為にもなる。

 

昔から小説を書きたいと思っていた。

小説家になりたいわけではない。

書くこと、作品を生み出すということが目的である。

だが私は今まで一度も最後まで書き上げたことがない。

書いている最中に読んでいて嫌になる。

自分の文章の拙さが、表現の未熟さが。

それはきっと、世に出ていて私が読むような作品が、完成されたものだからだろう。

普段は比較することに意味はないと思っているが、こればかりは少し違う。

拙いがゆえに書きたいことが書けない、あるいは未熟であるがゆえに伝わるように表現できない。

それは目的を達成できないことと同義である。

 

また自分が書きたいものが、ただ面白い小説ではないことも苦しい原因の一つである。

ストーリーやプロットを面白くすることは技術的な問題で、それは努力すれば解決可能なことかもしれない。

しかし私が書きたいものは、微妙な心の機微やニュアンスや空気である。

分類することに意味はないと思うが、内容的に言えば純文学に近いと思う。

野球で言えば、落差の大きいフォークやキレのあるスライダーはいらない。

ボール1個か2個分くらい動くカットボールが必要なのである。

それを追求しているのだが、いつまでも狙い通りのものができない。

だからいつも途中で投げ出してしまう。

 

小説家になりたいわけではないし、賞に応募するつもりもない。

書いたからには読んでもらいたいと思うので、ネットのどこかに上げられればいいなと思っている。

だがそれ以前に仕上がらない。

今書いているものは、それでもこれまでで一番長く書き進められている方である。

すでに手直ししたくて仕方ないが、今それをやるとキリがなくなるので、とりあえず最後まで書こうと思っている。

この夏休みは良い機会かもしれない。

仕上げられなくてもある程度書き進められれば、また書き続けるモチベーションになる。