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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

お金を使うことへの罪悪感

お金を使うことに罪悪感がある、と言えば言い過ぎになるだろう。

だが私にはそれに近い感覚がある。

単なる貧乏性とも言える。

倹約が美徳と思っているわけではない。

それでもスーパーでは割引の惣菜ばかり探し、コストパフォーマンスをシビアに計算する。

お金を不用意にたくさん使うことに後ろめたさがある。

最近は大きな買い物をすることも増えたし、長く使うものは少し奮発して良いものを買うようにしているので、その感覚は少し薄れてはいる。

それでもトラウマのようにしつこく自分の中に居座っている。

 

それは小学生の頃の出来事が原因だった。

私が小学校低学年の頃はミニ四駆が流行っていた。

「レッツ&ゴー」世代である。

本気を出せばミニ四駆が空中で横回転すると思っていた世代である。

あの頃のブームは相当なものだった。

今のポケモンGOのように老若男女とはいかないが、同世代の男子の間では漫画もアニメもブレイクし、友達ともしょっちゅうミニ四駆の話をしていた。

 

私も、どハマりした少年の1人だった。

しかしそれだけ夢中になっていたにも関わらず、私はミニ四駆を持っていなかった。

お金がなかったからである。

小学校5年生になるまで、私は小遣いをもらっていなかった。

たまに月に1度くらい何かの拍子に100円をもらったりすると、それを大事に握りしめて駄菓子屋に駆け込み、慎重に吟味して消費するのが楽しみだった。

ミニ四駆なんて本体だけなら500円程度だったと思うが、私にとっては高嶺の花だった。

お年玉はもらっていたが、それは全額貯金すると言われて親に召し上げられていた。

実はそのお年玉は1円も貯金に回されておらず、これはのちに親と大喧嘩する原因になるのだが、それは別の話である。

 

そういった事情で私にはミニ四駆が手に入らず、友達が走らせているのを眺めているしかなかった。

これほど虚しいものはない。

いや、眺めているだけでも少しは楽しい。

でもその少しの楽しいには、9割がた強がりが混じっていたりする。

あるとき、私は思い切って母親に駄々を捏ねた。

ミニ四駆が欲しい」と。

スーパーでお菓子をねだったことはあるが、それ以外のおもちゃの類をねだったのは初めてだったと思う。

 

母親は最初は突っ撥ねて相手にもしてくれなかった。

普段なら大人しく引き下がるところだが、そのときはミニ四駆への執念が勝ったのだろう。

私は駄々を捏ね続けた。

そして、いい加減拗ねたように駄々を捏ね続けた結果、母親は激昂して私に財布を投げつけた。

「今家にあるお金はそれで全部。それでご飯が食べられないようになってもいいなら好きにしなさい」と言われた。

私は泣いた。

それも半端ではないくらい号泣した。

財布の中身は確認しなかった。

とにかく自分の家はお金がないんだ、と認識した。

 

それ以来、私はたまに家族で外食に行ってもできるだけ安いものを頼むようにしたし、何かを買ってほしいと言わなくなった。

服もどこかの遠い親戚から送られてくるお下がりを、高校生になっても着続けた。

弟や妹は何かにつけて上手い言い訳を考えては、着るものをねだったりしていたが、私は一切しなかった。

それを憎らしく思うこともあったが、自分だけでもわがままを言わないでおこうと思った。

長兄としての使命感もあったかもしれない。

大学に入学して家を出ることになったとき、引っ越しの片付けを手伝っていた母親が私のタンスの中身を見て、「あんたには何も買ってあげてなかった」と言って泣いたが、私にとっては鬱陶しいだけだった。

そうなった原因が母親にあるのだから。

 

ちなみに実際には実家の経済状態がそこまで悪かったわけではないということは、その大学入学の際に知ることになった。

奨学金の申請のために親の収入証明が必要だからである。

私が大学入学当時、父親の年収は800万ほどあった。

父親はまだ50に満たないくらいだったから、べらぼうに高いとは言えなくても、苦労はしないはずの収入である。

自営業なので私が小学生の頃は経済状態が悪かった可能性もあるが、それでも子供のお年玉を使い込むほどだったかどうかは疑問である。

おかげで私は無利子ではなく有利子の奨学金を借りることになった。

 

そんな小学生の頃の思い出で、今でもお金を使うこと、贅沢することに罪悪感がある。

最早それは誰に対する罪悪感でもない。

自分の中に残った、ただの「しこり」である。

他人に対して使うお金にはあまり頓着しないのだが、自分に対して使うものには厳しく査定してしまう。

家族ができたとき、私はお金に関してどこまでシビアで、どこまで寛容であればいいのか迷うだろうな、と思う。

贅沢はさせられないかもしれないが、不自由はさせたくないと思う。

せめて子供が私のような変な罪悪感を感じないようにはしてあげたい。

できれば、きちんとした経済感覚を持てるように教えてあげたい。