異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ポケモンGOをやってみた

ポケモンGOをやってみた。

すごくやりたかったとか、待ち遠しかったとか、そんなわけではなかったが、あれだけ海の向こうで騒ぎになっているゲームがいかほどのものか、自分で確かめてみたくなった。

たかだかゲームに夢中になって、原発や高速道路に侵入するバカがいるほどである。

普段ならそういう流行りものにはあまり手を出さないというか、むしろ流行り過ぎると敬遠したくなる性格なのだが、もはや社会現象となったからには体験してみたくなる。

ダウンロードできるようになって2日目くらいにアプリを取得した。

 

そのときは、ちょうど出張で広島にいた。

アプリのダウンロードなどは通信容量を食う場合があるので、私は出張先のビジネスホテルのwifiを使うことが多い。

そのときもそうやってダウンロードし、アプリを開いてしばしば話を進めてみた。

というか、話らしい話はなかった。

いかにもアメリカンある。

ナイアンティックがどんな会社なのか知らないが、そのあたりはGPS位置ゲームの先輩であるイングレスを彷彿とさせる。

とか思って調べてみたら、イングレスとポケモンGOは同じ会社が作っていた。

そりゃ雰囲気が似てるわけだ。

 

個人的にはチュートリアルくらいは作ってほしい。

iphoneよろしく、「触ればわかる。説明書はいらない」と思っているのだろうか。

それとも、それが向こうの文化なのだろうか。

日本の懇切丁寧なアプリに慣れた人間としては、味も素っ気もないゲームの始まりだった。

初めてすぐ、近くにポケストップと言われるランドマークが検出された。

というか、泊まったホテルがポケストップだった。

アイコンに触れて開いてみたが、何をどうしていいのかわからない。

真ん中のマークを触ったら少し動いた気がした。

しばらく格闘して、どうやらコイン型の形状の部分を左右にフリックすれば、モンスターボールなどのアイテムがもらえるらしいということがわかった。

その説明、どこかで入れてほしい。

 

仕事に向かうためにホテルから駅まで歩く途中、スマホが振動してポケモンの出現を知らせてくれた。

出てきたのはポッポだった。

「ポッポ、懐かしい」とか思いながら、フリックしてモンスターボールを投げる。

歩きながらだと意外と当たらない。

苦戦して何個か投げた末、ようやくゲットできた。

なるほど、なんだかよくわからないけど楽しい。

ほとんど説明はなくてよくわからない中ではあったが、操作は直感的でシンプルである。

そしてキャラがポケモンというだけで価値がある。

私のような初期の赤・緑世代としては、出てくるポケモンもこれまで見た限りでは初期のポケモンであるので、懐かしさを禁じえない。

 

その後も、進化のさせ方や強化の仕方、手に入れた卵の孵化のさせ方など、わからないことだらけだったが進めながら把握した。

ジムに至っては未だにどういうものなのかわかっていない。

とりあえず試しに参戦してみたが、戦わせ方がわからない。

あちこちタップしてみたが、何が操作として有効なのかわからない。

相手のカイロス1体を倒すのにこちらのポケモンが4体くらい犠牲になった段階で、気持ちが萎えて戦闘を放棄した。

あとで自分のポケモン一覧を開いてみると、戦闘で減ったHPが回復せずにそのままだった。

これは時間とともに回復するのだろうか。

そう思っていたが全く回復しない。

そういえば、ポケストップで「げんきのかけら」と「きずぐすり」を拾ったなと思い出したので使った。

回復させるためのポケモンセンターはないのだろうか。

 

そんな感じで手探りでプレイしている。

攻略情報はネット上に溢れているが、あえて調べずにやってみている。

その方が醍醐味が感じられそうだと思うのと、必死に捕まえて、強化して、といったヘビーユーザーになる時間と気力・体力がないからである。

起動させるのは、通勤と帰宅の徒歩の時間と、出張先で歩くことになったときくらいだろう。

ポケモンを探すことを主目的に歩き回ることはしない。

というかできない。

子供の頃だったらハマったろうな。

 

何がそんなに面白いのかはまだわからない。

どちらかというと、皆がやっているからやってみる、といった人が多いのではないだろうか。

遊べる要素はたくさんありそうに思う。

あと、これを用いたビジネスでのマーケティングは可能性が大きいと思う。

なんせ、これほどたくさんのユーザーにアプローチできるのである。

ナイアンティックも課金ではなく、広告宣伝で収益を上げると言っている。

今までにもARを活用したマーケティングはあちこちで試されているが、今回のポケモンは一味違うだろう。

広告として利用する側にもアイデアが求められる。

 

今回、最初にポケモンを捕まえる画面が起動したとき、ARでカメラと連動して、現実世界にポケモンがいるように表現されたときは、正直感動を覚えた。

「あぁついにゲームはここまで来たんだな」という感慨である。

昔はゲームというのはただの仮想現実だった。

ゲームはゲームとして存在した。

箱の中のおとぎ話である。

だからこそ、そこには現実にはない夢と希望が溢れていた。

現実世界では凡庸な人間でも、箱の中では世界を救う主人公になれる。

可愛いヒロインとイチャイチャできるのである。

心の癒しというか、ある意味救いである。

 

それが段々と現実世界に接近してきた。

例えば大勢がネット上で繋がって、協力したり対戦したりできるゲームがそうである。

確かに世界は箱の中である。

だが箱の中の住人は、現実世界の住人でもある。

箱の中でヒーローになれる人も相変わらずいるが、金がなかったりゲームが下手だったりすると、箱の中ですらお荷物扱いになる。

最早そこに救いはない。

現実世界でも冴えないのに、仮想現実でも罵倒されたりした日にはやりきれないだろう。

 

これはゲームだけに限らず、人とインターネットとの関わり全体が歩んできた道のりでもあると思う。

昔のネットなんて、私が知っている範囲では全部匿名だった。

だからそこで何を言っても、どこの誰かわからなかった。

好き放題言うことができたり、普段の自分と違うキャラになれたりした。

それがSNSが普及し始めるくらいから、ネット上の自分と現実の自分が繋がるようになってきた。

私はブログから始め、mixiに移り、今はfacebookが中心である。

匿名性の程度は落ちていき、facebookでは現実の自分とほぼ完全に重なっている。

 

これは他の誰が望んだのでもない、大衆が望んだことだと思う。

だからここまで急速に普及した。

ずっと匿名の世界が良いと思っていた人もいるだろうし、現実世界と仮想現実が繋がって疲労感を感じる人もいるだろう。

そういう人が増えてマジョリティになれば、ネットの形も再び変わるかもしれない。

でもそういう逆進は一部でしか起きないのではないかと思う。

インターネットは仮想現実を脱して現実の世界になってきている。

箱の前にいる自分の存在に、焦点が当たるようになってきている。

これは情報通信技術というITの本来の姿からすれば、戻ってきたと言ってもいいのかもしれない。

現実の人と人とをつなぐ媒体としての機能である。

それが当初はその不完全さから、仮想現実を生み出したのではないだろうか。

 

ゲームに話を戻すと、最近はeスポーツやラブライブの声優のライブなど、ゲームの世界と現実が近づいてきている。

あるいはゲームの対戦実況、プレイ動画をネットで観戦するようなこともある。

箱の中の世界だけでなく、箱の前の人までネットが拾い上げている。

そしてそれに熱狂する人たちがいる。

求める人がいるから生まれるのである。

理想の箱庭を求める人は少なくなった。

箱の中のおとぎ話は、所詮、箱の中のおとぎ話にすぎないからである。

そのうち、デュエルディスクを装着した「リアル遊戯王」が現れそうな気がする。

 

私は個人的には箱の中のおとぎ話、あるいはただの単なる仮想現実も好きだ。

こういうマイノリティを狙った媒体も、今後は活発になる気がする。

プレーヤーがあまり交わらないゲーム、でもプレーヤーたちが選んだ選択肢によって仮想現実が変容するようなゲームとか。

ストーリーを考えるのには時間も金もかかるから、今のガチャガチャゲームよりはコストが高くなるが、マイノリティを狙ったものなら多少入り口を高めに設定しても、質が良いなら人は付いてくるのではないだろうか。

ただ仮想現実にのめり込むと、現実が廃人になる可能性があるから怖いのだが。

まぁそこは自己責任、もしくはプレーヤーのモラルである。

ポケモンGOも、非常識なプレーヤーはその人が非難されることこそあれ、それをもってポケモンGOが悪いというのは暴論である。

もちろんここまで流行ったのだから、作り手が制御することも必要である。

ただそんなことを言う人を見ると、他のAVやスプラッタを非難する人を思い出してしまう。

何事も節度が大事だ、というだけである。