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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

夢なんてない

お題

夢があるのは羨ましいなと思う。

これと決めて前に進めるようなものがあるということは、その夢が叶うかどうかとは別にして素敵なことだと思う。

私は自分がいつかそんな夢と出会えると思って生きていた。

少なくとも20歳を少し超えるくらいまでは。

現実には結局やりたいことなんて見つからず、適当に選んだ仕事をして、ほどほどの生活を送っている。

心の内には、大半を占める諦めと一緒に、まだどこかで機会があるのではないかと思っているが、30歳を超えた今に至るまでそんな兆候はない。

そんな気持ちがBUMPの「ラストワン」という曲と重なって、ああやっぱり藤原さんは素敵だなと思う、というのは余談である。

 

小学校の年度末に作成される文集には、たいてい将来なりたい職業を書くことになる。

小学校高学年のときに自分が何と書いたか、今でも覚えている。

4年生のときは「作家」と書いた。

読書が好きで、児童文学にハマっていたからである。

5年生のときは「社長」と書いた。

幼心にサラリーマンが嫌だった。

誰かの指示を受けて仕事をするのではなく、自分で仕事を創造したいと思った。

今風に言うと「起業家」だろうか。

6年生のときは「弁護士」と書いた。

テレビの弁護士もののサスペンスにハマっていたからである。

社会的弱者の味方になりたいという思いも、当時はあったように思う。

 

中学生になってしばらく経ってから、私は自分自身の存在理由というか、生きる意味に迷うようになった。

夢どころではない。

将来なりたいものどころか、どうせ死ぬのになぜ生きるのかという根本的なところでつまずいていた。

その期間がずっと続いた。

あるいは「これ」と思い定めるものが見つかれば、「このために自分は生きている」と思えるようになり、問題が解消するのではないかという希望もあったが、結局それは叶わずじまいだった。

 

そして20歳を超えたくらいで諦めた。

もう生きる意味についての答えは自分なりに出せていた。

そこで改めてどう生きるかが問題になるわけだが、結局「これ」と思えるものは何もなかった。

たぶん今後も見つからないだろう。

それはそれで構わない。

きっと多くの人にとってそういった輝かしい夢のようなものはないのだ。

だから自分がそういう人生を歩むことに、何ら引け目を感じることはないと思った。

そして幼い頃は嫌っていたサラリーマンになった。

入った会社に大して意味があったわけではない。

内定が出た中で、待遇を比較して選んだだけである。

それでもまだ選べただけ、幸運な方だったろう。

 

夢があるから挫折がある。

夢があることが良いことばかりではない。

でも何かしらそういったものを追いかけた経験は、きっと人生の中で振り返るべきものになるだろう。

だから私は夢のある人が羨ましい。

それが実現可能かどうか突っ込みどころの多いものもたくさんあるが、そういった責任まで含めてその人の人生である。

行けるところまで行けばいいさ。

手伝えることがあるなら手伝ってやる。

 

夢も挫折もストーリーになる。

成功譚でも失敗談でもいい。

それはいずれその人の進むべきを指し示す。

ただストーリーにならないストーリーもたくさんあるのである。

夢も挫折もなくて、どこに進んでいいかわからないような人生もある。

美談だけが取り上げられて、スポットライトが当たるのは仕方がないが、いつもそんな話を聞くたびに、その合間に沈んだたくさんのストーリーに思いを馳せて憂鬱になる。

 

そういえば、又吉氏の「火花」をまだ読んでいない。

最近めっきり読書をしなくなった上、話題作というのはどうも手が遠のく。

成功者に対する嫉妬もあるのかもしれない。

沈んでいく物語を生きている人間としては、あまり眩しい方を見たくない。

目がやられる。


Netflix火花お題「夢と挫折」

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