異呆人

毒にも薬にもならない呟き

顔が小さいことの不幸

先日、彼女の友人に会う機会があった。

ちょっとしたイベントに2人で出かけたときに、たまたまというか、いるかもしれないと言われていた状況で会った。

大した話はしなかった。

というか、私は彼女たちの話を横で聞いているだけだった。

そのとき会った彼女の友人は賑やかな人で、私に対して「若く見える!細い!顔が小さい!」をローテーションさせながら話しかけてきた。

ああいう若い女性のハイテンションに対しては、「そんなことないですよ」と笑顔でかわすに限る。

ちょっとでも鼻を伸ばそうものなら、あとで何を言われるかわからない。

ちなみに「細い」と「顔が小さい」は昔から言われる。

歳をとった最近は、「若く見える」ことも増えてきたらしい。

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身長がそこそこあり、細くて顔が小さいので、「モデルみたい」と言われることもある。

もちろん、モデルなぞやったことはないし、やりたいと思ったこともない。

細いことでメリットがないことは、上に貼ったリンクの記事に書いている。

同様に顔が小さいことにも、メリットはない。

ちなみに顔というか頭は、小さく見えるのではなく実際に小さい。

それをいつも体験するのは、デメリットによってである。

 

幼い頃は顔が大きいか小さいかなんてわからない。

いや、多少の違いはあるだろうが、そもそも身長がある程度伸びてこないと、身体のバランスにおける頭の大きさなどわからないし、それに対してどうこう言うことは意味のないことだろうと思う。

私も小さい頃は顔が小さいなんて言われたことはなかった。

ただ、小学生のときに顔が小さいことによって問題が生じた。

歯並びが悪くなってきたのである。

 

その頃の私の歯並びは、それは酷いものだった。

一見すると、少し出っ歯だが普通に見える。

上顎の、その一見すると普通に見えるように並んでいる歯の内側に、もう2本前歯が生えていたのだ。

八重歯なのだろうが、ここまでの八重歯もなかなかない。

前歯が縦方向に2枚ずつ付いているのである。

下顎の方は、前歯がそれぞれ傾きX字に生えていた。

こんなところで「X」されたって、X-JAPANも嬉しくないだろう。

子供の歯並びが悪いのは愛嬌のうちという感じで、私も家族も気にしていなかった。

しかし、祖父がそれを非常に気にした。

曰く、「歯は一生ものだから、早めに治さないといけない」とのことだった。

祖父は頑固な人で、一度言い出したらきかないところがあった。

最終的に母が折れて、私は歯医者に連れて行かれた。

 

珍しく、祖父が直々に馴染みの歯医者に連れて行ってくれた。

ビルの2階の、あまり人が入らなさそうで、頑固なおじいさんがやっている歯医者である。

一見して、医者はさじを投げた。

というか「うちは歯列矯正はやってないから」みたいな感じだった。

その代わり、紹介状を書いてくれた。

家から少し遠いその歯医者に、今度は母と行くことになる。

 

その歯医者は、それまで私が行ったどの歯医者とも違っていた。

今ではそういうところも多いだろうが、広い待合室にクラシックか何かが流れていた。

歯医者と思えない、プチラグジュアリィな空間だった。

何より、歯列矯正専門だった。

そこかしこに、矯正装置をつけたブロンドの髪の笑顔の写真が掲げられていた。

この装置は何もカッコ悪いことないですよ、と言わんばかりの写真である。

しばらく待たされた後、奥の診察室のようなところで、年配の男性にやたら口の中を見られたり、レントゲンを撮られたりした。

後になって知ることだが、その医者は歯列矯正の世界では日本におけるパイオニアのような人らしかった。

よく若い研修医のような人がいた。

私もその医者に診てもらったのは、後にも先にも最初の1回だけだった。

 

その医者は断言するように「私が診てきた中で3番目に悪いです」と言った。

「3番目?微妙…」と思った私の心の中を見透かしてか、医者はおもむろにアルバムのようなものを取り出し、「ちなみにこれが1番と2番です」と見せてくれた。

見せられた写真は、もうただの奇形じゃないかと思えるような歯並びだった。

「マジで、この次?」と思うレベルだったが、確かに自分の歯並びはそれくらい悪いかもしれない。

「顎がね、小さいんですよ。それなのに歯は少し大きいくらい。いわば軽自動車に小錦が4人乗っている状態です。定員通りの人数であっても乗れませんよ」と解説された。

私は歯並びが悪くなった原因は、弟と喧嘩をしたときに顔面を蹴られたせいだと勝手に思っていたが、どうもそうではなかったらしい。

その後、歯型を何度も取られた。

きっと珍しい症例として記録されるのだろう。

あのアルバムにワースト3として記録され、後々の患者に見せられたりするのだろうか。

 

そのときから、私の歯列矯正との付き合いが始まった。

最初は延々と歯磨きの練習をさせられた。

せっかく歯列矯正をして良くなりつつあっても、途中で虫歯になって抜歯をしなければならなくなっては、それまでの努力が水泡に帰するということらしい。

もっともな理屈である。

歯列矯正はただでさえ金がかかる。

虫歯でそれまでの治療が無駄になってはやりきれない。

謎の液体で歯を真っ赤に染め、それが全部落ちるまで歯磨きを続けた。

美人のお姉さんにダメ出しされながら歯磨きを続けた結果、私はそれ以後、虫歯になったことがない。

 

それから本格的な治療が始まった。

まずは抜歯である。

歯並びを良くしようにも、スペースがないときちんと並べられない。

だから健康な歯を抜いてスペースを作るのである。

一言で言うと、死ぬほど痛い。

もちろん麻酔はかけてある。

でも、痛いものは痛い。

人生で2度とやりたくないものを挙げるなら、間違いなくこの抜歯は上位に入る。

そして空いたスペースに歯を移動させる。

針金とか金具で色々な装置を歯に装着し、常時少しずつ移動させることもあれば、寝るときだけ付ける装置もあった。

これも痛い。

激痛ではなく、常にじわじわ痛い。

逃げようがないし、四六時中痛いので、ものすごくストレスになる。

はっきり言って、トラウマである。

 

10歳の頃から始めた歯列矯正は、終わりが見えないまま延々と続いた。

ちょっとずつ良くなっていることはわかったが、そんなに長く続くものだと思っていなかった。

そして17歳の頃だったと思う。

問題が発生した。

あるときレントゲンを撮ったら、親知らずが生えてきていたのである。

しかも行き場のない親知らずは、ほとんど横を向いたような形で生えようとしていた。

さすがに医者も頭を抱えた。

親知らずどころか、医者の心も本人の心も知らない悪魔の所業である。

色々な処置が検討された結果、そんな口の奥で横向きに生える親知らずを抜くのは、技術的に不可能だと結論付けられた。

そこで親知らずの手前の奥歯を抜いて、生えてきた親知らずを正常な奥歯の位置に移動させることになった。

 

つまり、また抜歯である。

なんとか抜かずに済む方法はないかと思ったが、そんな方法があるなら実践してくれているだろう。

泣く泣く歯を抜いた。

もう高校生だったが、本当に泣いた。

人語に絶する痛さだった。

ドリルとか色々が歯の根の奥の骨に当たっているのがわかった。

もうそれが痛くて仕方ない。

大量に出血もしていた。

「痛かったら手を上げてください」と言うので、最初から最後まで手を上げていたが、治療が止まる気配はなかった。

トラウマである。

以後、「親知らずを抜く」という人に対しては、私は「痛いですよ」と遠慮なく警告することにしている。

 

その後、私は大学入学と同時に地元を離れることになった。

歯列矯正は終わっていなかったが、そこの医者の元で研修した医者が引越し先で開業しているとのことだったので、そこで治療を続けることになった。

そこからの治療は歯の動きを観察するだけの緩やかなものだったので、さほど苦痛はなかった。

治療はほとんど終わっていた。

大学を卒業して再び引っ越すとき、まだ治療は完全に終わっていなかったが、私は勝手に治療を終了させた。

以後、歯医者には通っていない。

そのときで、14年間も歯列矯正を続けていた。

もう解放されてもいいだろうと思った。

今でも下の前歯の裏側に、固定する装置が残っている。

何の問題も感じないのでずっと放置している。

 

エピソードが長くなったが、私は顔が小さいことでそれだけの不幸を被っている。

それ以外だと、買ったバイクのヘルメットが合わなかったことがある。

わざわざMとLがあったのでMサイズにしたが、それでも走っているうちにズレてきたりした。

冗談で顔の大きい友人に被らせてみたら抜けなくなって、やっと抜けたと思ったら内側のカバーだけが頭にくっついていて爆笑した思い出がある。

反対に、顔が小さいことで良かったことは何もない。

「小顔ですね」と言われても、「そうですね」でお終いである。

世の中の、特に女性は小顔に憧れるらしいが、とんでもないことだと本気で思える。

小顔で喜んでいられるのなんて、若いうちだけなんだから。