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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

リーダーの資質

小学生の頃、積極性のあることが良いことだと教えられていた。

典型的優等生だった私は、それをまに受けて、いろいろなことに進んで手を挙げていた。

そんな中、手を挙げたものに、児童会(いわゆる生徒会)があった。

どんな経緯だったか、どんなプロセスで選ばれたかは覚えていない。

ただその中で副会長になったこと、そのせいで運動会で選手宣誓をさせられたことを覚えている。

そしてそれから、学級代表に毎回推薦されるようになってしまった。

委員長キャラになってしまったきっかけである。


積極性が褒められたので手を挙げたが、別にリーダーのようなものになりたかったわけではない。

むしろ人前に出ることは嫌だった。

同時期に地域のソフトボールチームのキャプテンに推薦されたが、絶対嫌だと駄々を捏ねた。

結果、チームはキャプテン不在という異常事態になり、当番制で試合のたびにキャプテンが変わることになった。

何度かリーダーを経験してわかったことは、リーダーは目立ちたがりがやるような名誉職で、普通の人には割に合わないということだった。


しかし中学校は小学校と大半の生徒が同じだった。

一度出来上がったキャラクターは引き継がれる。

私は中学校でも早々に学級委員をやる羽目になった。

そこで私は頭を使った。

候補者がいないから推薦されるのである。

つまり誰かに立候補してもらえばいい。

私は調子の良さそうな奴に目をつけ、おだて持ち上げて学級委員に立候補してもらった。

実務的なことはサポートもして、仕事がうまく回るようにした。

我ながら名案だと思ったが、これは2度目を実行するときに教師にバレて、説教を受けた。

「能力がある者はそれを人のために使わなければならない。人を動かして楽をするな」という内容だった。

そのうち学級委員は、高校受験に向けて内申点が欲しい人間の人気職になったので、私の出番はなくなった。

中学校では部活動の主将も務めた。

やりたくなかったが、圧力に屈した。

前主将に職員室に連行され、他の教師が見ている中で、顧問から「次の主将をやって欲しい」と伝えられた。

当時の私にそんな状況で「嫌です」と言う度胸はなかった。


高校では委員長キャラから解放され、心置きなくダラけられた。

しかし部活動だけは熱心に取り組んでいたので、再び主将に推されることになる。

主将の話が出たとき、私は全力で「嫌です」と言った。

もう面倒なことはしたくなかった。

しかしこれがまた拗れ、「嫌だと言ってるけどやらせろ」派と、「嫌だと言うなら他の人間に任せろ」派に分かれて、すったもんだすることになる。

そしていろんな人が、とばっちりを食うことになった。

これについては、私も後に「自分が引き受けていれば丸く収まったのに」と反省することになる。


そして、その頃に気付き始めた。

これは天命だなと。

私にはリーダーの資質があるとは思えないし、そもそもなる気がない。

だが、これだけ人生においてリーダーに推されるからには、それは私が生きている限りにおいて、避けようのない天命のようなものなのだろう。

そうであるなら、めんどくさくて嫌でも、抗わずに引き受けることが、自分のためでも周りのためでもある、と考えるようになった。

なので以後、大学の部活動で主将を要請されたときも、ゼミでゼミ長に指名されたときも、謹んで引き受けた。

今でも人が複数集まれば、自分が取りまとめる立場になることが多い。

仕方ない。


私の何が、周囲にそうさせるのかわからない。

リーダーの資質が何かと問われても、答えようがない。

ただ、私はリーダーは人の上に立つ人ではなく、人の前に立つ人だと思っている。

率先して汗をかき、範を示す人である。

言葉で人を動かすより、背中で人を引っ張る人である。

そして何か困難にぶち当たったときは、矢面に立ち、責任を引き受ける人である。

それがリーダーに求められることだと考えている。

まぁ、しがない一般人の発想ではある。


東京都は新しいリーダーを選び直すことになった。

良い勝負というか、似たりよったりというか、神輿に担がれて喜びそうな人たちばかりである。

誰でもいいが、派手なパフォーマンスは必要ない。

五輪という大きなイベントは控えるが、予算潤沢な東京都の舵取りは、本来そこまで難しいものではないと思う。

庶民感覚のある、普通に仕事をする人にお願いしたいものである。