異呆人

毒にも薬にもならない呟き

異端②

異端① - 異呆人

生活リズムから価値観まで違う相手と一つ屋根の下に暮らすのは苦痛でしかない。

だから一刻も早く家を出たかった。

実家から遠く離れた地方国立大を選んだのも、学費などの経済的事情や浪人せずに現役合格できるところといった学力事情があったが、それ以上にほとんど実家に帰らなくていい遠方に行きたかったという事情が大きい。

なお、学費以外の生活費は奨学金ですべて自己負担した。

 

異質で理解できないから、両親も私の選択には口出ししない。

私が一向に地元に戻らず、遠方の勤め先ばかり選んでも何も言わない(戻ってきてほしそうにはする)。

先日、恋人を実家に連れて帰ったときも、父は「朱天のことは本人に任せてるから」としか言わなかった。

ちなみに他の兄弟に関しては、支援もするし関渉もする。

私は支援は受けないから自由にする。

家族は血の繋がった他人だと私は思っているが、それはこんな関係性から生まれている。

 

 家族の中に限らず、私はいろんなところで異質な人間として扱われてきた。

一つには、記憶力が良かったことがある。

例えば、学校の教科書は読めば覚えるものだと思っていた。

小さい頃、テストの点数が良かったので、どうやって覚えているのかよく聞かれた。

だが、どうやってもこうやってもない。

見たら覚えるのだから説明のしようがない。

むしろどうして覚えられないかわからなかった。

私も周りのことが理解できなかったし、周りも私のことが理解できなかった。


他にも、小学校の参観日の自由研究発表を、私は1人で行った。

皆、グループを組みたがったが、私は1人で気兼ねなく好きなことをしたかった。

協調性がなかったし、皆と外れることに対して嫌だとか恥ずかしいとか、ネガティヴな感情がなかった。

むしろ1人が好きで、高校の頃などは休み時間は1人でずっと本を読んでいた。

本を読んでいる間は集中し過ぎて、周りが話しかけても気付かないことがあるくらいだった。

小さな違いが積み重なって、私は変人扱いされることが多かった。


普通でありたいと思わなかったわけでもない。

ただ、周りに合わせることがストレスだった。

自分が普通にしていることがズレるということだった。

だからある程度の年齢になると、むしろ思い切り振り切って好きなようにしようと思うようになった。

皆と違っていたいとも思わない。

変わり者であることに誇りなど感じない。

あるがままで変人扱いされるのだから、それを避けずに正面から受け止めるだけである。


最近は歳をとって、丸くなったとか普通になったとか言われることが多くなった。

社会人としての立場があれば、「気にしない」で済まされないこともある。

窮屈だしストレスが溜まることもあるが、社会で生きていくというのはそういうことだろうと思う。

だから思い切り自由に振る舞って、それで生活が成り立つような人が羨ましいと思うこともある。

でも、私はそういう人とも違うのだ。

周りに合わせるのも、好きなように振る舞うのも、あるがままでいい。