異呆人

毒にも薬にもならない呟き

人それぞれの人生ゲーム

先日、面白いような腹立たしいような話を聞いた。

職場の同僚に、産休明けで仕事と育児の両立に勤しむ女性(Yさん)がいる。

今の会社は営業部以外はほとんど女性で、女性比率はかなり高い。

Yさんのような、幼い子供を保育所に預けながら仕事をしている女性はたくさんいる。

小さな会社なのでやむを得ないことではあるのだが、女性活躍推進という意味ではなかなか進んでいる会社である。

管理職も半分くらいは女性である。

少し話が逸れた。

Yさんは朝、子供を預けてから出社し、夕方子供を迎えに行って、帰って家事をする。

定時出勤定時退勤(9〜17時)である。

ちなみに彼女の夫は大手企業勤めで、たぶん彼女の収入がなくても一家3人十分に生活はできる。

Yさんもバリバリ仕事をするというよりは、緩く楽しんで仕事をしている感じである。

ちなみに仕事はしっかりしており、私はYさんの仕事ぶりを信頼している。

 

そんなYさんの状況を、彼女の夫は職場で話すことがあるらしい。

すると、Yさん夫の職場の一般職の女性たちが「いいな〜。私もそんな感じで仕事をしたい」と言うのだそうだ。

曰く「バリバリではなくそこそこ仕事をして、あとは家庭を大事にする感じがいい」のだそうだ。

ワークライフバランスが叫ばれる昨今、そういう働き方もあるだろう。

別に悪いことではない。

だがそこでYさん夫が、「でもうちの嫁の稼ぎって、こんなもんだよ」と暴露したらしい。

すると大手企業の一般職の女性たちは、「え〜、それは無理!」と言ったそうだ。

いくら緩く仕事と家庭の両立ができるからといって、その給料では働きたくないということらしい。

その給料で働くくらいなら、専業主婦でいいというニュアンスもあるかもしれない。

そしてYさん夫が彼女にそんな話をしたということは、何らか含むものがあったことだろう。

ちなみにYさんはその話を聞いて、「そいつら世の中ナメてるな」と思ったそうである。

 

Yさんはまだいい。

彼女の収入は、彼女の家庭においては副収入である。

私なんぞはそれで生活している。

小さな肩書が付いている分、彼女よりほんの少し給与は多いと思うが、大差ない。

そんな人間が家庭を持つことを考えているのである。

ちなみに交際中の彼女の収入は、Yさんよりもさらに低い。

私はYさんの話を聞いて腹立たしさも感じたし、身近な経済格差を感じて自虐に近い面白みも感じた。

無論、大手企業の一般職の女性が皆そんな人だとは思わない。

そもそも彼女たちもそれなりの努力をして、現在の会社に入社したことだろう。

つまり努力が報われているだけ、正当な対価を得ているだけと言うこともできる。

ただ、おそらくその彼女たちよりかなりハードワークしている私にとって、そのハードワークの対価として得ている収入が「無理!」と言われるレベルなのは少し堪える。

自分のしている仕事の価値が、金銭に換算するとその程度だということである。

まぁくだらないプライドの問題だが。

 

Yさんに「朱天さんどうする?」と言われた。

そんなこと言われても、どうもできない。

仕事を辞めることは簡単である。

別に辞めてもいい。

次の職場だって見つかるだろう。

だがそこでの待遇が、今より良くなる可能性はかなり低い。

それは私の今までの人生がそのまま証明している。

こんな生き方をしてきた、どちらかといえば学業や就職活動に手を抜いてきた因果である。

甘受するより他ない。

 

Yさんは私の仕事ぶりを高く評価してくれている。

というより、今の会社の人たちは総じてそうである。

もっと言えば、これまでのどの会社でもそうだった。

少し前は「なんで、うちの会社に来たの?」とよく言われた。

お前ならもっと良い会社でも戦力になるだろうと。

腰掛けのつもりで、またすぐに転職するのでないかと思われていた節もある。

実際には違う。

私の能力は使ってみないとわからない。

オールラウンダーで短所がないのが長所である。

最近上司に言われる強みも、予測力やタスク管理能力など、いわば広く遠くまで物事を見通す能力である。

学歴が良いわけでもなく、目立った仕事の実績があるわけでもなく、特徴ある技能があるわけでもない。

履歴書や職務経歴書だけ見れば、ただ転職回数が多いだけの、使えるか使えないかわからない人材である。

性格的に落ち着いているので、面接などでも熱意は伝わらないし、そもそもそんなものはない。

 

今の会社は急な退職者が出て人手に困っていた。

私もいろいろあって退職を決め、有休消化中に転職活動をしていたので、食いっぱぐれないように早めに職を得る必要があった。

両者の利害が一致しただけである。

最初の面接から初出勤まで2週間足らずのスピード採用だった。

それも後から聞いた話だが、部署の上司は私の採用を渋ったらしい。

クセがあるのは間違いないし、使えるかわからない。

迷う彼らの背中を押したのは、人事担当者だったそうだ。

結果的に会社としては、安くて良い買い物をすることになったと思う。

 

だいぶ話が逸れた。

Yさん夫の職場の女性たちに対して、「いつか世の中の厳しさを味わうことになる」と心の中で思いかけたが、そんなことはないだろうなと思い直した。

私の心を読んでか、Yさんも「でも彼女たちはそんな感じで生きて、そのまま苦労せず幸せになるんだよね〜」と言った。

そう、世の中はそんなものなのだ。

結局、お金以外の価値の重さを論じる人は、ある程度恵まれた人なのではないかと思う。

前に「お金がなくても幸せになれるが、ないとできないことはたくさんある」という記事を書いた。

syuten0416.hatenablog.com

まぁそれと同じようなことである。

しっかり稼いで食うに困らない人が、寄付に走ったり社会貢献を始めたりする。

良いことである。

だがその良さは万人が実行できるものではない。

貧者の100円の寄付と富裕者の100円の寄付は、同じ100円の価値である。

だが当人にとってのその重みは、どれだけ違うだろうか。

 

私は自分1人すら幸せにできない人間は、他人を幸せにはできないと思っている。

身近な人を幸せにできない人間は、社会を良くする資格はないと思っている。

人生というゲームは、与えられた手札で勝負するしかない。

だから嘆いても羨んでも何も始まらない。

自分の手札でできる限りの好勝負を演じてみせること、それだけなのだと思う。

だからまずは自分の使えるリソースで自分を幸せにすればいい。

余裕があれば、身近な人を幸せにできるように努めればいい。

能力とか資本のある人が、世の中を良くするように努めればいい。

私は一体、どこに収まるだろうか。