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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

自分の土俵で戦う

仕事でも何でもそうだが、自分の強みと弱みを知ることは重要である。

人は誰しも得意不得意がある。

同じ1の労力をかけても、10の成果を生む場合もあれば20の成果を生む場合もある。

当たり前だが、1の労力で20の成果を生む方が望ましい。

だから自分にとって何が一番費用対効果の高い能力なのかを知ることは、時間や資本を一番効果的に使うことにつながる。

それは勝ち負けのつく世界においては、勝つための最短の道のりでもある。

 

特に私は強みを活かすことが重要だと考える。

弱みをカバーすることも一定レベルまで(せめて他人に迷惑をかけないくらいまで)は必要だと思うが、同じ力をかけるなら強みを伸ばす方が効率は良い。

そもそも弱点を知ること、それが露わにならないようにすることは出来ても、弱点を根本的になくすことは難しいと思う。

というより、努力で完全に解消できる弱点なら、それは弱点でなかった可能性がある。

 

強みを活かすといっても、その武器をぶんぶん振り回せばいいとは思わない。

世の中はそれほど単純ではない。

強みにだって、それが強みとして機能する条件がある。

1+1=2というような簡単な話ではない。

もちろん1+1=2で正しいわけだが、そういった単純な理屈が複雑に絡み合って構成されているのが世の中である。

 

だから強みを活かす上で一番大切なことは、強みが活きる状況を生み出すことである。

つまり自分の土俵で相撲を取る、ということだ。

どんなに腕の立つ剣士でも、囲まれて袋叩きに遭えば負けるだろう。

そんな状況なら、隘路に逃げ込んで一対一の状況を作り出せば強みが活きる。

刀と鉄砲では刀の分が悪いように思われるが、鉄砲が使えない状況を作り出したり、刀の方が有利な間合いで戦えば勝ちの目は十分にある。

 

仕事をする上での私の強みはいくつかあるが、1つは交渉力だと思っている。

いわゆる白兵戦である。

交渉のテーブルにつけば、勝てるとは言わないまでもワンチャンス作る自信はある。

だからいかにそこに至るまでの関門を突破するかに心を砕く。

例えば新規開拓をするとき、私は飛込み営業を多用する。

テレアポの方が効率が良いし、スクリプト次第で突破率は上げられる。

それでも私が飛込みを得意武器として使うのは、飛込みの場合、目の前の相手と相対する必要があるからだ。

相対した時点で、私は自分の土俵に上がったことになる。

 

これは人間関係でも同じで、自分の良い面を見て貰おうと思うなら、見えるように努力する必要がある。

黙ってて誰かが自分の良さを発見してくれるとか、フィクション的ご都合主義ではないだろうか。

自分の良さが活きる状況で颯爽と前に出る積極性はもちろん、そういった状況が発生したときに、自分にお鉢が回ってくるように頭を使わなければならない。

サッカーのポジショニングに似てると思う。

点取り屋は点を取るスキルとゴールへの貪欲さを持ち合わせていることは当然だが、そもそも自分にパスが回ってくるよう、あるいは自分の足元にこぼれ球が転がってくるように、絶えず動き回っているものである。

 

強みを磨き、きっちり自分の土俵で戦えるようになれば、そのスキームが固定化してくる。

野球の継投でいう勝利の方程式のように、こうすれば勝てるという自分なりの方法論が出来上がる。

固定化された戦い方は柔軟性を損ねるが、一定レベルまでは、思考せずに身体を動かせる効率性の方が勝ると思う。

それは自信にもつながるし、健全な自信は人間性の向上につながる。

下手な自己啓発本を読んで真似るくらいなら、自分の強みを考え、それを活かす戦い方を模索し、勝利の方程式を編み出す方が、時間はかかるかもしれないが有益である。

誰かが作った勝利の方程式が、それを教わる誰かに合っているとは限らない。

だから私の言うことも誰にでも当てはまるわけではない訳で、つまるところ自分の頭で考えることが大事だという当たり前の理屈に着地する。

ただ易きに流れるよりは、自分で試行錯誤した方が身につくものは多いと思う。