異呆人

毒にも薬にもならない呟き

結婚という契約、不倫という契約違反

先日出張の際に実家に泊まった。

翌朝遅い時間に出ることになったので、家族と一緒にテレビを見ていた。

ベッキーゲスの極み乙女のボーカルの不倫騒動の後日談みたいなものが流れていた。

この話題をいまだに引っ張るメディアは、いろんな意味ですごいと思う。

そしてその後に今年の不倫騒動をダイジェスト形式で流しているのを見て、視聴者を含めた世の中の人のゴシップ好きは、並々ならぬものがあると感じた。

他にやることはないのか。

まぁ、ないんだろうな。

 

言い方は悪いが、私は不倫は仕方ないものと思っている。

自分がするかどうか、相手がしたら許すかどうかはともかく。

動物である以上、特にオスの性的欲求は異常に思えるほど強い。

生物としてのデフォルトの設定がそうなのだから、不倫が起こり得るのは仕方ない。

自動車を運転すれば事故の可能性があるのと同じである。

事故自体は悪いことだし、起こらないよう注意するのが当然だが、それでも起こるときは起こる。

 

そもそも、なぜ不倫が批判の対象になる悪いことなのだろうか。

当たり前だが、当人が結婚しているからである。

私は、結婚は契約だと思っている。

相手と共同体を形成し、その円満の維持に努めるという契約である。

だから不倫は契約違反である。

共同体の維持に支障をきたす。

もちろん字面の通り、倫理に反するから批判を受けるわけだが、倫理は地域的・文化的な面も多く、人によって曖昧で都合のいいものでもあるから、それのみをもって批判するのはどうかと思う。

ちなみに交際中の浮気も批判の対象になるが、私は交際も契約だからだと思っている。

結婚との違いは、法的拘束力のあるなしである。

 

一夫多妻制の文化もある。

優秀なオスの子種をたくさん残すなら、その方が効率的かもしれない。

だが日本は一夫一妻である。

結婚をしたなら他の異性に手を出してはいけない。

ただ、不倫する側だってそのくらい承知している。

承知の上で行為に及ぶのである。

だから仕方ないというか、防ぎようがない。

 

これは不倫に限らず、通り魔でもテロでも何でもそうだが、個人や社会はリスクを負って行為に及ぼうという人間に対して無力である。

起きることそのものを防ぐのは不可能に近い。

だから起こった背景を探ろうという行為は無意味に近い。

不倫でもテロでも、犯人の生い立ちや社会的立ち位置などをつまびらかにすることは、ただのゴシップ的興味以外の何でもない。

 

結婚を契約だなどと言うと、いろんな人からお叱りを受ける。

別に悪い意味で言っているわけではないことは、ご理解いただきたい。

相手と一生かけて共同体を築いていくという契約である。

そんなに簡単にサインできようはずがない。

それでもなお契約締結しようというのは、愛というか独占欲というか、相手を求める強い気持ちがあるからである。

まぁそんなに深く考えず、いわば契約書もろくに読まずにサインするような人間が、不倫したり簡単に離婚したりするのかもしれないが。

 

私はどうだろう。

今のところ、押し寄せる誘惑からは何とか身をかわしているが、実際にはその場その場で欲求と死闘を繰り広げている。

心を強くもって、生きたいものである。