読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異呆人

毒にも薬にもならない呟き

語ることによるカタルシス

今週のお題「私がブログを書く理由」

 

最初の記事にも書いたが、私は何度かブログを書いている。

初めは大学入学後、それから就職後、ブログは今回で三度目だ。

並行してSNSも使っている。

昔はmixi、最近はほとんどFacebookである。

 

初めた理由は地元を離れて、仲間と気軽にコミュニケーションを取る手段が欲しかったからだ。

今ならTwitterが最適だと思うが、当時はブログしかなかった。

近況をアップして友人がコメントする。

主にそういう使い方で始まった。

 

それが少しずつ、自分の内面を吐露したり、自分の考え方を発露するものに変わっていった。

元来、考え過ぎるほど考える性質である。

高校生のときは、一人で考え過ぎてぐるぐると堂々巡りを起こしていた。

いろいろと親しく付き合った先生から、自縄自縛と評されたこともある。

それが、ブログで気持ちや考えをアウトプットすると、モヤモヤしていたものが少し落ち着いた。

ときどき暴走気味になる内容も、仲間たちは生暖かく見守ってくれていたように思う。

 

二度目のブログを閉鎖して、最近三度目を始めるまでに4年ほどのスパンが空いた。

ずるずると引きずった思春期が落ち着き、精神が安定してきたこともある。

仕事に精力的に走り回り、余計なことを考えないようにしていたこともある。

だがそれ以上に、昔は仲間に向かって発信していたものが、誰に向けて発信したらいいかわからなくなったことが大きいように思う。

 

昔の仲間もそれぞれの道を歩み、それぞれの生活をしている。

少しずつ価値観が合わなくなる。

新しくできる仲間も、ある分野では仲間でもある分野では他人、という関係ばかりになる。

私自身もいろいろな考え方を取り込み、どんどん複雑な人間になっていく。

はっきり言って、本音で話せる人間はいなくなった。

SNSで近況をアップして連絡を取り合ったり、ときどきそれを通じて飲みに行ったり。

それはそれで楽しいのだが、どこか腹に溜まるものがある。

 

私はインプットのとても多い人間なので、アウトプットもたくさんないと駄目なのだと気付いた。

それもインプットと同様に、特定の話題に限らず広く浅くアウトプットする必要がある。

もちろんいろんな仲間がいるので、それぞれに会って話をすることもできる。

だが仕事が忙しいと、たくさんの仲間に会って、ざっくばらんに話をする時間を取ることは難しい。

それでブログを再開することにした。

名前は二度目のときと同じ。

ただし今回は誰にも教えていない。

 

私は人間が複雑だから、理解や共感されることはとうの昔に諦めている。

だからこれは、益体のない独り言。

語ることによる私自身のカタルシスだ。