異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ソフィーの世界

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

 

私の青春時代は、自分の人生の意味ばかり考えていた。

中学生の頃いろいろあって、私はそれまで信じてきた価値観が信じられなくなっていた。

そもそも私たちが自分の頭で価値観を作り上げる機会というのは、以外と少ない。

幼少期から周りの大人に、ああしなさい、こうしなさい、あれはダメ、これはダメと教わりながら成長していく。

人によってその程度は様々であるが、幼い頃からそうした価値観の押し付けに反発する人もいれば、一生を与えられた価値観に沿って過ごす人もいる。

 

自分にとっての正解不正解、何が正しいかを知るには、自分がどう在りたいか、どう生きていきたいかを考える必要がある。

そうなると、そもそもなぜ生きるのかという問いを避けては通れなかった。

善く生き、正しく生きたとしても、生きることそのものに意味がなければ、それは徒労ではないだろうか。

自分なりに悶々と考えてはみたものの、同じようなところで思考が堂々めぐりを始め、苦しくなっていくばかりであった。

 

そこで私が答えを求めたのが哲学であった。

そこに答えがなくても、自分なりの答えを出すためのヒントがあるのではないかと考えた。

特定の思想に傾倒せず、広く浅く哲学全般を学べる書籍を探す中で出会ったのが「ソフィーの世界」だった。

 

少女ソフィーのもとに、ある日一通の手紙が届く。

そこにはたった一行、「あなたはだれ?」と書かれていた。

あらすじは概ねこんな感じで書かれている。

ソフィーが謎の手紙をきっかけに、哲学の歴史をなぞりながら、世界や存在の不思議さに気付いていく。

哲学の入門書であるが、ミステリー仕立てのストーリーが、読み物としても興味をそそる。

上下巻に分かれており、そこそこの分量があるが、楽しく全部読めた。

 

私は結局、生きる意味はないという結論を胸に生きている。

それは生きていることが無意味だということではない。

またそんな答えのない問いを考える哲学が無意味だとも思わない。

問い続けることそのものに意味があり、問うことでしか得られないものがそこにあると思う。

学校では倫理という授業で少し触れるようになっているが、義務教育の中にもう少し積極的に哲学を含めていくべきではないかと思う。

答えは人の数だけあってもいい。

答えがないなら、つくることだって自由である。

根源的な難問に向き合う経験を持つ機会が増えれば、安易で短慮な犯罪などは減るような気がする。

 

ということで、私の青春の一冊は「ソフィーの世界」にしておく。

ちなみに哲学つながりで手を出してしまった土屋賢二氏のエッセイも、青春時代の愛読書であった。

初めて買った「哲学者かく笑えり」は衝撃的で、刊行済みのエッセイはすべて図書館で借りてしまった。

他人にはオススメしないが。