異呆人

毒にも薬にもならない呟き

自己啓発本の罠

私は自己啓発本が嫌いだ。

これはもう理屈というより、好き嫌いのレベルで嫌いだ。

こうすれば仕事がうまくいくとか、お金が儲かるとか、心が楽になるとか、まぁ何でも良い。

要は、やり方を押し付けられるのが嫌なのだと思う。

一概に押し並べて嫌いと言ってしまうのもどうかと思うが、嫌いなものは嫌いなのだ。

だからこれまでほとんど読んだことがない。

タイトルを見ただけで拒否反応を起こす。

 

参考になる部分もあると思う。

人一人の人生で経験できることは限られている。

だから書物を通じて間接的にそれを経験し、良いものを吸収するという心がけは大切だと思う。

あくまで参考とするなら、そこに参考になる内容があるなら、それは良いと思う。

ただそんな借り物の理屈や方法を手に入れて、それで満足できるのだろうか。

私は人それぞれ、自分に合った考え方ややり方が存在すると思う。

それはどこかから聞いてきて手に入るものでなく、いろんな成功も失敗も経験し、試行錯誤して手に入れていくものだと思うのである。

それを繰り返して自分のやり方が洗練されていき、血となり肉となるのだ。

 

自己啓発本に書いてあることというのは、なるほどと思うように書かれている。

もっともらしいことを書けば、それは真理の一面を指し示す。

ただあくまでそれは一面でしかない。

そのやり方が合う人もいれば合わない人もいる。

合う状況もあれば合わない状況もある。

善は急げとも言うし、急がば回れとも言うように、何が正しいかは状況や様々な要素によって変わるのである。

本当にそれが唯一の正しい方法なら、もはや教科書に載せて教えるべき事柄だと思う。

 

そもそもこういうものに頼ろうとする人は、その内容を徹底してできないことが多いと思う。

そこに書かれていることが真理の一面にしか過ぎなくても、徹底すれば一定の効果はあると思う。

でもそもそも安易に正しいやり方を求める人は、中途半端にしかその内容を実行できず、効果も中途半端になってしまう。

そんなところに力を入れるくらいなら、目の前の現実にもっと向き合う方が余程自分のためになると思う。

 

私が何より嫌なのは、そんな役に立つのか立たないのかわからないことで、お金を取ることである。

本当に世のため人のためを思う人なら、そんな考え方を広めるためのことでお金はとらない。

宗教だって、お金をもらって教えを授けるようなことはしない。

(最近はそれに近い、いかがわしい宗教ばかりであるが)

つまり自己啓発本の99%はただの金儲けのために書かれており、人のためというよりは自分自身のために為されているのである。

自己啓発本を買うということは、そんな輩を利することになるだけである。

読むことで得られるメリットをどんなに立派に説明しても、所詮利用されているだけだ。

自分のやり方が独りよがりになっていないか心配なら、そんな自己啓発本に頼らずに、すぐ近くの周りの人に意見を求めればいい。

灯台下暗し、意外と近くの人はよく見てくれていて、自分の気づかないことを指摘してくれるものである。

というかこれができる人なら、そもそも自己啓発本を求めることはないように思う。