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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

イケメンという単語のイケてなさ

私はTVを持っていない。

大学までは朝のニュースを見るためと、PS用に置いていたが、就職による転居にともなって手放した。

もともとさほど興味はない。

不便もない。

天気予報を見る機会がほとんどなくなって、たまに天候や気温の急変にしてやられるくらいである。

なのでたまに見る機会があると、トレンドの変化というか、あぁ最近はこういう趣向が流行りなんだなと思わされることがある。

 

先日、友人との待ち合わせ場所にTVが置いてあったので、少し早く着いたのでしばらく眺めていた。

「イケメン声優」と銘打たれた人物が、唐揚げを食べていた。

番組の内容自体はちょっと趣向を変えたグルメリポートだと思えば受け入れられる。

ただ何か少し違和感を感じた。

一つは声優という「中の人」が、堂々とTVに姿を晒していること。

遅れて到着した友人に聞いてみると、これは最近の流行りらしい。

言われてみれば、あのラブライブも2次元の美少女に飽き足らず、微妙に可愛く微妙な年齢の中の人のライブが大人気である。

 

もう一つの違和感は、「イケメン」という単語そのものにであった。

「イケメン声優」なんて言われて登場して、本人は恥ずかしくないのだろうか?

そう率直に感じた。

いや確かにかっこいい男性だったと思う。

イケメンという単語がマーケティングに有効だというのもわかる。

本人だってその微妙なニュアンスに気付いているかもしれないし、そもそもTVに出るような人種なのだから、イケメン評価大歓迎なのかもしれない。

 

イケメンという単語が出現して久しい。

すっかり定着したというか、使い古された感がある。

なぜ違和感というか、「言われて恥ずかしくない?」と感じたか考えると、すぐに思いあたった。

私が言われて恥ずかしいからである。

私は「イケメン」という単語が嫌いだ。

 

そもそも単語の成り立ちが、「イケてるメンズ」である。

こう分解すること自体が恥ずかしいほどのイケてなさである。

とてもキャッチーなフレーズだから普及したのだと思うが、それにしても、どこをどう切り取ってもかっこ悪い。

私自身は使われ始めた当初、嘲笑混じりの揶揄する単語だと思っていた。

それがもう、単なるかっこいい男性を指す言葉となった。

普及し過ぎてイケメンのハードルもだいぶと下がり、最近は「〜で且つイケメン」のような、一昔前の「美人過ぎる〜」と同じように使われる機会が増えている気がする。

 

どうもイケてるという表現が軟派に感じられるのだと思う。

チャラい感じがする。

私はぎりぎり昭和な人間なので、「男は見た目でなく中身」と言われて育ってきたことも理由かもしれない。

見た目が評価されることを嬉しいと思えない。

自分自身ではむしろ中身を力を入れて磨いているつもりでも、見た目の評価が真っ先に目に入るのでそちらが先行して評価されることに、歯がゆさを感じることもある。

 

以前の仕事の取引先で、初めて会った業者のおじさんに「男前」と言われたことがある。

なぜだかそのときは素直に嬉しいと思えた。

なるほどちょっとレトロだが素敵な表現である。

今はジェンダーと言われて久しく、男らしさや女らしさは美徳でも何でもなくなっている。

それでも男前という表現には男らしさを評価するニュアンスが感じられ、男らしさに欠ける私としては、コンプレックスの裏返しで嬉しく感じられたのだと思う。

 

どうも今の世の流れでは、「イケメン」という単語はしぶとく生き残りそうである。

なればこそ、「男前」と言われる人間でありたいなと思う。