異呆人

毒にも薬にもならない呟き

シューカツ戦線の辺境で

新聞紙面上でも、来年度の新卒大学生の就職活動の様子が取り上げられる時期になってきた。

売り手市場で就職先には困らないのだろうが、仕事のキャリアは一生モノと考える学生は、希望の企業に入社するために一所懸命だろう。
最近は就職浪人や就職留年という言葉も聞く。
就職活動をする学生向けの予備校があるという話題も目にした。
必死になる理由はわかるのだが、個人的には今ひとつ共感できない。
仕事そのものがやりたいことで、それをするにはこの企業しかない、というならまぁいい。
だが現実には、大企業や人気企業偏重の志向があるだけの気がする。
 
私の就職活動はいたって適当だった。
やりたい仕事はなかった。
自分の時間を確保したかったので、当初公務員試験を受験した。
県庁クラスを最初に受けたのだが、まぁ勉強してなかったので、そりゃ落ちる。
それは予想通りだった。
そして、本命の秋の市役所クラスの試験まで何もしなかった。
この時点で普通の就職活動からは周回遅れである。
当時は今のように企業の採用活動に解禁時期などなく、大体は大学3年の秋くらいから活動していた。
あの頃はリーマンショック直前で景気が良く、今のように売り手市場だったが、それでも50とか100とかエントリーシートを書くという話を聞いた。
 
夏休みには実家に帰って公務員試験の勉強をした。
受験も地元の市役所を考えていた。
だが勉強には身が入らなかった。
ぶらぶら、だらだら遊んでいたとき、就職活動をしようと思い立った。
大学生だし、一生の思い出にと。
 
さっそくリクナビとかマイナビをネットで漁り、適当なところをピックアップした。
売り手市場だったので、大企業以外なら秋まで採用を続けているところが結構あった。
字が汚い私は書類選考だと落とされると思ったので、履歴書握りしめて面接かグループディスカッションに行けばいいところを選んだ。
なので私はエントリーシートを1枚も書いたことがない。
今後書くことも間違いなくない。
 
最初は事務職を受けた。
父が営業職で、営業にあまり良いイメージがなかったからだ。
ただ、面接を受けて行くなかで、自分が営業向きだと自覚した。
圧倒的に話すことが得意だったのだ。
図らずも、私は秋まで就職活動を続ける人たちと一緒に面接を受けることになった。
今は違うだろうが、あの当時、秋まで就職が決まらなければ売れ残りだった。
それは一緒に面接を受けたら見事にわかるレベルだった。
もし学生に面接のアドバイスをすることがあるとすれば、話す内容より話し方ははるかに大切だと伝えたい。
じゃないと土俵にすら上がれない。
そんな周囲と比べると、人前で落ち着いて話せるだけでも立派な強みだと気付いた。
 
結果、5,6社受けて、すべてで内定が出る無双状態だった。
なんだか公務員試験を受けるのがバカらしくなって、その中で一番待遇の良かった上場企業の専門商社に入社を決めた。
すこぶるいい加減な就職活動である。
企業や業界の研究もせず、アルバイトの採用面接程度のノリだった。
壮大なシューカツ戦線の辺境で、私の戦いは静かに始まり、あっさり終わった。
 
その会社はとっくに辞めた。
私は今、3社目の会社で仕事をしている。
人並みより少しハードに働き、人並みより少し少ない給料をもらっている。
それでも、大きな不満なく、いやむしろ幸せに生きている。
 
新卒で入社する会社なんて、人生の入り口あたりのイベントの一つである。
誰もが、誰もが名を知る企業に勤めるわけではない。
むしろ大多数は聞いたこともない会社で、凡庸と言われるような仕事をするのである。
でないと社会が回らない。
情報社会のおかげで、一部のスマートな人たちがさも一般的であるかのように取り上げられるのだ。
惑わされてはいけない。
 
私は幼い頃から、「良い学校に入って、良い会社に入って、家庭を持つ」という価値観を否定して生きてきた。
そんな価値観が人生のすべてでも、最良の選択でもない。
自分にとっての最良は、自分で考えて選び取っていけばいい。
まったく輝かない人生になったとしても、他にないただ一つの自分の人生なのだ。
胸を張って生きられるように、自分の信じる正しさに忠実になれればいいと思う。