異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ガンとエゴと

今日、父親の入院している病院に見舞いに行った。

仕事はもともと休みを取っていた。
父親は先日、ガンで手術をしたばかりだった。
10年以上前にも腎臓ガンで手術をしている。
今回も腎臓ガンだが、再発というより、2回目という感じらしい。
 
幸い初期に発見でき、手術も難しくなく無事に終わった。
流行りの腹腔鏡手術とやらで、臨床例の少ない新しい病院だから費用もタダらしい。
正直、私は何の心配もしていなかった。
もともと家族に対する思い入れは浅く、根無し草的に生きてきた。
 
母親からは手術痕が痛んで起き上がれないようだから、食事の介助をしてあげてほしいと言われていた。
見舞いに行くと、えらくしおれた父親の姿があった。
いや、かなり肥満で見た目はパンパンだが…
とりあえず食事の介助をし、病室を移ったばかりだったので部屋を片付け、小一時間話し相手になった。
 
私はそんな父親を見て、かわいそうだなと思った。
しおれた父親の姿にショックを受けもしたが、それ以上にそんな感想しか持てない自分がショックだった。
純粋に心配したり、あるいは元気になってほしい、長生きしてほしいと思うのが一般的でなかろうか。
自分の感覚に久しぶりにモヤモヤした一日だった。
 
ちなみに、父親の元気がなかった話を母親にすると、医者からは術後経過に問題はないと言われていると言われた。
つまり、気持ちの問題だということだ。
それはそれで冷淡な話だと思うが、父親にも甘えがあるのだろう。
母親は父方の祖母から付きっ切りで対応するよう言われているらしいが、実際はその必要もなく、悶々としているらしい。
今更の嫁姑問題である。
 
誰の主張が正しいのかわからないし、誰の見方をするつもりもない。
ただ、こういう有事には人間の本質が見えるというか、つくづく人はエゴイスティックだと感じる。
きっと世界から戦争はなくならないし、社会はいつも課題と問題で溢れたままだろう。
 
もちろん私もエゴイスティックで自分には甘い。
とんだ甘ちゃんだと思っているが、他人からは「他人に厳しく、自分にはさらに厳しい人」だと思われている。
基準が人それぞれだからこそ、本当は正面切って話し合うことが大事なのだろう。
とりあえず母親には、医者から父親にきちんと指導してもらうように言っておいた。
父親は強情だから母親が言うと聞かないし、母親はヒステリックだから余計なことを言うと拗れる。
めんどくさい。
 
そんな由無し事。