異呆人

ノンフェータルなペシミズム

仕事がたくさんあることより、どれだけあるかもわからないことが怖い

仕事の話。

4月に会社として大きな転換点を迎えた。

以前にも少し書いたが、私自身も携わる業務が変わっている。

一応、今までと同じ営業の部署に所属しながら、兼務として管理部門にも所属することになった。

実際にはほとんど管理部門の仕事しかしていない。

営業としてわずかに担当の取引先が数件残されているのだが、訪問している暇がない。

会社に缶詰である。

今回の会社の組織変更でほとんどの部署は実務的には影響がなかったのだが、私が兼務することになった管理の部署だけは大波が押し寄せたあとのような惨状を呈している。

期限である3月末までに最小限のミスで書類を揃えることはできたが、その後の書類の処理がなかなか進まない。

社外との調整が必要な最優先の書類だけを捌くのが精一杯で、当初見込んだスケジュールがじわじわと後ろに倒れている。

書類が処理できないから、基幹システムのデータを最新の情報に更新できない。

基幹システムの情報が最新ではないから、管理業務のあちこちに滞りが発生している。

基幹システムの情報更新も社外のシステム会社に依頼しなければならないものもあるので、期限のあるものはそれに間に合わせ、延ばせるものは延ばしながら最低限の作業だけをギリギリでこなしている。

毎日残業である。

家を6時半に出て8時に出社し、20時半まで仕事をして家に帰り着くのが22時というルーティン。

食事もデスクで10〜15分で済ませ、休憩なしで業務に戻る日々である。

 

とにかく人が足りない。

管理の部署は諸々の事情から他部署に人員を引き抜かれ、1名減の状態で4月を迎えていた。

抜けた人が担当していた業務についてロクな引き継ぎがされないどころか、人員の手当てすらされない。

11人が10人になってもサッカーなら大ごとだが、4人が3人になっているのである。

一応私を兼務として引き入れて頭数を足したように見せかけているが、私がやる仕事というのはこの非常時の後始末と組織変更に伴う新しい業務運営体制の構築であり、管理の部署が行う日常業務ではない。

現場の事務スタッフは業務過多で不満が暴発寸前の状態であった。

私は2月半ばから実質的に管理の部署の仕事をしていたので、この人員不足については把握していた。

3月半ばには管理の部署と関係する部署の部長陣を集めて「このまま4月を迎えたら崩壊しますよ」と注進もしていた。

にも関わらず4月に入っても何の対応もなされていなかったので、現状をA4用紙1枚の訴状にまとめて役員に直訴した。

(すぐにこういうことをするからめんどくさい奴だと思われる)

結果的には人員は補充できないということになり、業務分担だけ見直されて現場の負担軽減が図られた。

といっても、どんなに仕事を散らしても人が1人減った穴は埋めようがない。

現場は日常業務で精一杯である。

非日常業務まで手が回らない。

だから実質的には私1人で非常時の後始末をしている。

もちろん後始末以外に新しく構築しなければならないこともたくさんあるわけで、もう先を見やると眩暈がしそうな状況である。

 

管理の部署の部長は悪い人ではないし、むしろ献身的ですらあるのだが、事なかれ主義的なところのある人で、積極的に物事の解決には当たってくれない。

何か問題があれば自分が謝ったり、身を粉にしてその分働けばいいと思っている。

問題が発生しないように手を打ったり、問題が発生する構造そのものを見直すようなことはしてくれない。

仕事はきちんとしてくれていて、それどころか大いに忙しくされていて、だからそこまで求めるのは酷だとも思うのだが、問題への対処ではなく現状を根本から変えるような解決策については、二度三度同じことをお願いしないと前に進めてくれない。

そんな状況なので、部長を含め部署全体が、自分たちがやらなければならないことの全体像を把握できていない。

それが一番怖い。

部分部分、おぼろげに何をやらなければいけないかとか、いつまでにやらなければならないかということは認識しているようだが、ときどきに思い出したり意識する程度である。

私も全部は把握していない。

3月末までの業務は全てロードマップを作っていたのだが、4月以降はあまりにバタバタしすぎて目の前の業務の対処しかできていない。

もう一度全ての業務を洗い出してスケジュールに落とし込んでいくことが必要なのだが、それが必要だということが認識されていない。

危機感が共有されていない。

というか、危機感を持っているのが私1人になってしまっている。

よくわからないままバタバタしていて、蓋を開けたときに、にっちもさっちも行かなくなっているような事態は避けたい。

しかし如何せんすぐにでも手を打たなければならないことが多すぎて、先を見通すような作業ができていない。

 

そんな状態にも関わらず、自分が担当していた取引先の引き継ぎのために出張もしなければならない。

営業の部署は営業の部署で、相変わらず仕事をしない部長のせいで全体の統制が効かず、大打撃を被る事態になってしまっている。

親会社から戻ってきた社長も、いきなり激昂するような惨状。

同僚からどうしたらいいか相談は受けるし、できる限り考えて回答はするのだが、如何せん管理の部署の仕事はそれ以上に大火事になりそうな状態で、営業部門は同僚に任せきりになってしまっている。

この状況で来年度に部署を新設するために、年度後半から私をそちらに関わらせるというなら、今の管理の部署の仕事は一体どうするというのか。

後始末が終わって新しい体制の構築が済んだとしても、今度はその新しい体制を運用していくための人が必要なのである。

周りを見回しても適材がいない。

私もそんなに大きな仕事はいくつもできない。

管理の部署の新しい体制の構築と運用も、新しい部署の創設もそうなのだが、何か新しいことをする、そのためのルール作りや基盤作りをするということは、ものすごくエネルギーの必要な作業なのである。

できれば手を動かさずに、ああでもないこうでもないと云々唸りながら考えたいところである。

データ整備とか書類チェックで手を動かしながら考えるのはかなり辛い。

 

ただでさえ、体制そのものを変えているから、新しいやり方に慣れない人からの質問も多い。

そういった質問に答えたり相談に乗ったりするときは流石に手を止めるから、そのぶん作業が止まってスケジュールが遅れる。

新しい仕組みが浸透していないと思えば、説明資料を作って周知を図る。

部署の兼務で関わる業務が増えたので、出席しなければならない会議の数も飛躍的に増えた。

何から手をつけたらいいかわからなくなりそうで投げ出したくなるが、根気よく絡まった糸を1つずつ解きほぐすように、それでいて時間がないので優先順位をつけて迅速に処理するようにしている。

お陰様でしばらく鳴りを潜めていた胃痛が再び顔を出し、悶絶しながら飯を食ったりしている。

夏が終わるまでには落ち着かせることができるだろうか。

まだまだ先は長いし、どれだけ長いのかもわからない。

死ぬ権利

常々このブログには記しているが、私は死ぬということをおそらく多くの人ほどネガティブには捉えていない。

もちろんあらゆる可能性を失うという意味で、死は人生で最も忌避すべきイベントではあるのだが、死そのものはそれほど大きな苦痛を伴うものではないだろう。

苦痛を伴うとしたらそれは死に至るまでの道程においてであって、つまり安楽死などであれば文字通り楽に死ねる。

死ねばあらゆる喜楽を得る機会を失うわけだが、逆にあらゆる苦悩からも解放される。

つまり死をどれだけネガティブに捉えるかということは、人生に対してどれだけポジティブかということとほぼ同じである。

死ぬ方が楽だと思えるほど辛い人生というのも理解するし、生まれて来なければ良かったと思う心情も理解するから、死んで救われる人だっていると思っている。

どんなことがあっても生きていた方がいいというのは、生きていて良かったと思える人の意見であり、それは結局はその人個人のサンプルでしかない。

むしろ積極的に意見発信するのがそういう人たちなのだから、死んだ方がマシと思っている人たちの意見というのはなかなか社会の表層に上がって来ない。

まして死んで良かったと思う人たちの意見など聞きようがない。

もちろんそれでも人が生物である以上は生きようとする。

「死にたい、死にたい」と言いながら生きている人がいるとしたら、ある意味それは至極真っ当である。

人間は簡単に死んでしまうが、簡単には死ねない。

自ら死を選ぶというのは防衛本能の働かない正常でない状態である。

自死するような状態というのは病である。

死に至る病」と言われたりするが、人を死に至らしめるものこそ病なのではないかと思う。

 

もし自分が治る見込みのない病にあったとしたら、安楽死したいなと思う。

周りがどう思うかとか一切抜きにすれば。

不要な延命措置というのは社会的にも身近な人たちにとっても大きなコストである。

命というのはそういうものではないという理屈もわかるが、むしろそういう理屈で思考停止しているからこそ、別のところで社会的な歪みを生むことになってしまっているのではないだろうか。

どんなに延命しても永遠に生きられるわけではない。

心情的なものを抜いてしまえば、それは健常な人であっても同じで、遅いか早いかの違いでしかない。

もちろん、自分が大切に思う人、自分を大切に思ってくれる人と少しでも長く時間を共有したいと思うことは悪いことではない。

それは所詮考え方の違いだと思うし、そういった考え方において相容れないことが悪いことだとも思わない。

結局は様々な状況において「死にたい」と思う人も、「少しでも長く生きた方がいい」と思う人も、自分の状況と周囲の気持ちとを最大限に慮った上での結論だと思うのである。

他人から見れば軽々に下されたように見える決断も本人にとっては熟慮の末だということもある。

どこまで考えられるかということも含めて、当人の能力、そのキャパシティの問題ということもあるし、それはつまり努力だけでどうこうできるものではない部分もあるので、多少の至らなさも含めて本来その決断は許容されるべきものなのだろう。

 

仮に自分の妻や子が自死という選択をしたとして、私はその選択を最大限に尊重すると思う。

心情的に「もっとああしてあげていれば」と思うことはあるかもしれないが。

しかし、本当はそういった思考そのものがおこがましいのではないかと思う。

後悔するようなことがあるとして、それはまさに「後悔先に立たず」と言われるようなことなのである。

どうにもできなかった過去も含めて、その人のキャパシティなのである。

そんな後悔を抱く人は、もしその記憶を持たなければ100回同じ場面に遭遇したら100回同じことを繰り返す。

人生というのはそういう必然の繰り返しである。

だからできることは、過去を背負って生きていくことしかない。

それと今できる限りをすること、やり残さないこと、つまり後悔の可能性まで考えて最善を尽くすことである。

そうであるなら、それでも避けられない、その必然のもたらす環境の中でなされた選択というのは、それが重いものであればあるほど最大限に尊重されるべきなのではないだろうか。

まあいずれにせよ、人が死んだ後の講釈というのは生きてる人間の都合の良いようになされるものでしかない。

死者への手向けというのは、生きている人間が生きている人間のために、死を受け入れ納得するためにすることである。

個人的には自分を責める方が、ただその事実を静かに受け止めて背負うより楽だと思える。

 

死ぬこと、翻って生きることというのは、とかく重大事として語られがちである。

しかし表裏一体のそれらの境界は淡いし、それゆえ実はどちらでも大したことではないのではないかと思う。

生きることも、死ぬことも、大したことではない。

自然の帰結として、どちらかに転ぶだけではないか。

そうでなければ、意識も芽生えない頃に失くなる命や、無念のうちに消える命、あるいはどうしたって救われない人生そのものの価値を、そうでないものと比べて低く見ることになるのではないか。

突き詰めればどうしようもないものなのだから、無理にどうにか意義や意味をつけなくたっていいのではないかと思うのである。

全部0なのだから等価なのである。

そんな考え方が正しいかどうかはさておいて、少なくともそういう議論をタブーとして遠ざけること、有耶無耶のうちに見なかったことにすることこそ、生に対しても死に対しても最も重大な冒涜であると思う。

子供の単純さと大人の複雑さ

長いGWは子供と過ごす時間が多くとれたという点では良かった。

平日だとどうしても起きている様子を見る時間が限られている。

まして世話をする時間などない。

私が家に帰る時間では、飯を食って風呂に入ったらもう寝る時間である。

もちろん休日は積極的に世話をする。

授乳をミルクに替えさえすれば、私と妻でできることに差はない。

月に何度かは妻に1人で外出してもらうようにもしている。

専業主婦といっても、幼い子供の世話は楽ではない。

四六時中一緒にいては気が滅入ることもあるだろう。

たまには子供のことを気にせずに自由に時間を使えばいいと思っている。

 

子供が生まれる前、父親が1人で子供の面倒を見ることの大変さを綴ったネットの情報などに何度か目を通すことがあった。

いわく、特に配偶者に収入がなく家事に専念している場合、収入のある側は配偶者に対して「仕事をしていなくて子供の面倒を見るだけなら楽でしょ?」と思いがちである。

ところがいざ自分1人で面倒を見てみるととても大変で、配偶者の普段の育児と家事に感謝することになる、というオチの付いているものである。

私も家事・育児が大変であるという認識はあるが、実際に付きっきりで面倒をみるとそんなに予測不能なことが次々起こるものかと身構えていた。

が、実際に半日面倒を見てみると、なんということはなかった。

子供の世話をしながら、子供が寝ている間に夕食の準備をしたり、十分に他の家事をすることができた。

たぶんそんなコラムや記事を書く人(主に男親)が、普段から育児に携わらなさすぎるだけである。

そりゃあオムツもロクに交換したことがなく、ミルクもあげていないならそうなるだろう。

以前に書いたが、育児の最も大変なところは3時間おきの授乳で睡眠時間が削られることであり、それ以外の手間というのは家事全般と大差ない。

睡眠時間が削られるから体力的に余裕がなくなり、普段なんでもなくできる家事も重労働になってしまうのである。

私が休日に育児と家事を難なくこなせるのは、所詮余裕のある状況だからだと言える。

 

しかし個人的には、子供の相手をすることは大人を相手にするより遥かに楽だなと思う

単純だから。

手がつけられないほど大泣きすることもあるが、泣く理由というのは「ミルクが欲しい」か「オムツを替えて欲しい」か「構って欲しい」か「眠くてぐずっている」かのどれかである。

理由に検討もつかないが大泣きするような状況というのは、大抵最後の「眠くてぐずっている」状態で、この場合は残念ながら眠るまで大泣きの状況と向き合わざるを得ない。

大人だって寝つきには個人差がある。

辛抱と根気である。

理由がわかれば対処法もわかる。

そして乳幼児の場合、「AならばB」というように原因と対処法がシンプルに繋がる。

原因究明と対処をいかにスムーズに行うかが問題となるに過ぎない。

 

これが大人となると、そうはいかない。

機嫌が悪くても原因究明すらままならないこともある。

「どうしたの?」

「どうもしてないよ!」

「いや、怒ってるじゃん」

「怒ってないわよ!」

「ほら、怒ってるじゃん!」

というように、不毛なやり取りの果てに何も得られないこともある。

それを思えば、子供のなんと単純で相手のしやすいことか。

感動すら覚えるほどである。

眠くてぎゃんぎゃん泣いていても、いつか泣き止むと思えば辛抱強く抱き続けることができる。

どこに怒りの地雷があるかわからないクレーマーを相手に、我慢して話を聞き続けることを思えばなんということはない。

子供は相手をするだけで笑みを投げかけてくれる。

たまにプレゼントをあげても「何か違う」と逆に不機嫌になられるようなことはない。

素晴らしい。

 

もちろん、人間というのはその複雑さゆえに、本能だけで行動しないがゆえに、これだけ地上に跋扈することができたのだと思う。

笑顔で握手しながらテーブルの下で相手の足を踏みつけるようなことができるからこそ、手加減したり、相手を思いやったり、自分を犠牲にして誰かのために何かをすることができるのである。

つまりは進化である。

理不尽なあの人も、理解不能なあの人も、救いようのないように思えるあの人も、人類が進化した結果である。

そう思えば、普段感じる怒りも幾分和らいだらしないだろうか。

いや、絶対しないな。

子供みたいに単純な大人を見ていて腹の立つこともあるから、単純だからいいというわけでもないのだろうし。

御しやすくはあるかもしれないけど。

 

さておき、単純な我が子の不機嫌の原因究明にも慣れてきたので、私は妻より寝かしつけが上手である。

あやすのも上手になったためか笑顔を向けてくれることも増えた。

こういう風に育児だって結果が目に見えるから、仕事なんかよりも全然やり甲斐があると思う。

本当に専業主夫になりたいくらい。

GW期間中は仕事してる方が楽かもとか思っていたが、GWが開けてのえげつないほどの業務量と容赦なく迫り来る期限に閉口して前言を撤回する。

最近、フル出力を求められる期間が長すぎてさすがに疲れてきた。

周りはそろそろダウンし始めているが、無駄に頑丈な私は倒れる気配すらなく余計に業務が集中する。

以上、ただの愚痴。

止まった時間の中で

残った数少ない担当取引先を後輩に引き継いでいるとき、先方の社長から「うちを担当してもらってどれくらいになりますかね」と言われた。

「5,6年くらいになりますかね」と私はなんとなくの計算で答えた。
わりと営業担当の入れ替わりの激しい業界で、5,6年担当が変わらないというのはそこそこ長い。
幸い先方は私の対応を評価してくれていたらしく、担当変更にあたって餞別までいただいた。
これまで会社は変われどずっと営業マンとして職業人生活を送ってきて、そういったことは少なくなかったが、そういう評価は何度いただいても冥利に尽きるというか、素直に嬉しいものである。
 
さておき、席上、私はどんぶり勘定で5,6年と答えたが、正確には丸6年、つまり7年目に入っていた。
そもそも中途で今の会社に入って今年で丸7年、8年目になる。
辞めずに勤め続ければ自然とそうなるのだろうが、私は2度転職していてわりと落ち着きのない職業人生活を送っていたので、もうそれだけ時が経ったのかという感慨がある。
というか、厳密にはそれだけ時が経ったという感覚がない。
ちょうど先月、新しく親会社から来た担当役員と面談したときも「君はこの会社に来て何年になるの?」と聞かれて即答できなかった。
まぁ実際、自分が何年その仕事をしているか意識している人も少ないのかもしれない。
ただ私の場合、単に経験年数が答えられないというだけでなく、実際それだけの年月が過ぎているという感覚がないのである。
数年前の仕事もついこの前やったことのように感じるし、冷静に計算すればわかることも全部一緒くたに「2,3年前」とか「5,6年前」という感覚の枠に収まっている。
それはあっという間に過ぎたというわけではなく、それだけ中身が伴っていなかったというわけでもない。
まるで時が止まっているというか、サザエさんドラえもん的に進んでいるのに止まっているというか、ループしているというか、そんな感覚がある。
 
これは年齢についても同じようなことが言える。
さすがに30歳を超えたときは三十路だなんだと感慨も湧いたが、そこからは時計の針が進んだ感覚がない。
いつまでも30をちょっと過ぎただけのような気がしていて、先日誕生日を迎えて自分の年齢を改めて確認したときに奇妙な感じがした。
さすがに見た目が急変する年齢でもないし、体力の低下はあってもそこまで身体を酷使するようなことはしていないので、実感が少ないのかもしれない。
まぁ気が若いと言えなくもないのかもしれないが、もともと年寄りみたいな雰囲気を醸し出しているので年齢が追いついてきただけである。
いや、むしろまったくの他人から見れば年齢不詳な感じなのかもしれない。

先日、そんな感覚があることを同僚に吐露し、「なんでだろうね」となって改めて考えてみたのだが、それはきっと私自身が成長していないからではないだろうか、と思い至った。
時間とは目に見えないもので、私は実体のある何かだと思っていない。
時間は概念であり、実際には存在しないものだと思っている。
変化の共通の尺度として時間という概念を持ち出すと非常に物事を理解しやすいというだけである。
だからもし万象一切変化しない空間があるなら、そこには時間は存在しない。
何も変化しない中で時間だけが刻々と過ぎていくということはないだろう。
歳をとるほど時間感覚があやふやになっていくのは、それだけ人生の起伏が少なくなるからだと思う。
変化がなく十年一日とは言わないまでも同じような日々を過ごしていると、平成が令和になるくらいの大騒ぎでもしない限りは感覚なんて湧かないのではないか。

もちろん私の身辺には十分過ぎるほどの変化があるのだが、それは私自身が変化しているわけではない。
内面の変化、あるいは人間的成長を伴っていない。
妹のひまわりが生まれても5歳児のままであるクレヨンしんちゃんみたいなものである。
結婚生活も子育ても仕事上の変化も新しい趣味も、オプション的に私のアビリティが追加されていくだけで、いわば今持っている引き出しの延長線上で対処できてしまっている。
時間や労力などの物理的な制約でやり切れていないことは多いが、何か難しいことをしているという感覚、自分の中の何かが拡張されていくような感覚、成長の実感がない。
むしろ普段50〜70%くらいの出力でゆるゆる生きていたところが、100%の出力を求められる機会が増えただけな気がする。

もう少し若ければ、手持ちのカードだけで対応できてしまうことは退屈だと思ったかもしれない。
昔はトラブルでもいいから自分の予想を上回る事態が起きた方が面白いと思っていたくらいである。
だから環境を極端に変え、外からの刺激を自分に与え続けてきた。
そうすることで未知に対する適応力が身について、自分自身がアップデートされていくような感覚を得ることができた。
今はもうそんなことはしない。
そこまであれこれと手を出しても結局心底面白いと思えるものには巡り合わなかったし、段々と刺激に対する閾値が上がって成長の実感を得ることが難しくなっているとも感じていた。
私自身の力ではもうどうにもならない、環境を獲得する力が足りないとも感じた。
実力不足。
ある意味では主体的に自分自身を成長させよう、もっと上に伸びようという、階段のようなものを上ることをやめたと言える。

それでも、今の自分のいるステージで誰かの役に立つことはできる。
余った時間を、退屈を、誰かの実に変えることはできる。
大きなものをと手を広げる必要はない。
手の届くところだけでも守れればいい。
それが自分にとって何か+αにならないようなものであっても構わない。
自分が止まっていても周りが進んでくれるなら十二分である。
それこそ、子供の成長をただ見守っているだけでも十分なのだろう。
まぁそこまで含めてまだ描いた絵の中。
きっとそんな予想をなぞっているうちはずっと止まったままなのだが。

まあ放っておいても、もう10年くらい経てば自然と歳をとったと感慨を得られるだろうけど。
いや、むしろそれだけ経ってもまだ若いつもりでいる方が余程怖い。
個人的には気が若いというのはあまり良いことではないと思っている。
やはり歳を重ねたら重ねたなりの良さというのがあると思うのである。
「相応」という認識を自他ともに持たれるくらいがちょうどいいと思っている。

GW10連勤(家族サービス)

今週のお題「特大ゴールデンウィークSP」

 

なんか久しぶりにお題記事を書く気がする。

GWは暦通りの10連休だった、仕事は。

仕事が休みということは、子供の面倒を見たり家事をしたりと家族サービスにはむしろ精を出さねばならないわけで、つまりは10連休だったが休んだ気がまったくしない。

むしろ仕事をしていた方が楽だったのではないかと思うくらいである。

そんな連休の最終日、なんとか時間を捻り出してPCと向き合ってブログを書いていた。

記事をまともに書くのも久しぶり。

書きかけの記事もあるのだが、せっかくのGWお題もあることだしGWの日記でも書こうかと思う。

 

GWの1日目と2日目は子供を連れての買い物だった。

初日は電器屋

妻が電気ポットやトースターやカメラの三脚が欲しいというので物色しに行った。

まだ2ヶ月で首の座らない子供を連れて歩くのは楽ではないが、それもまあ練習というやつである。

幸い子供は抱っこ紐で揺られていれば気持ち良さそうに寝てくれる。

あとは授乳室やオムツ替えができるスペースがどこにあるか調べ、そのタイミングを間違わなければ大丈夫。

ファミレスで食事などもしてみたがなんとかなった。

何が嫌だとかは特になく、とりあえずミルクとオムツさえしっかりケアできていれば大丈夫。

比較的、手がかからない。

 

2日目はショッピングモールに行き、ベビー用品をいろいろ買った。

子供が生まれてからというもの、アカチャンホンポがすっかり御用達となった。

大抵のベビー用品は揃うからとても便利。

ものにもよるがお値段もお安い。

で、この夏に向けた洋服を買い足そうとしたのだが、妻のお眼鏡にはなかなか適わなかったらしい。

次はGAPに向かった。

知らなかったのだが、GAPは結構ベビー服が充実している。

ちょうどGW期間は定価品が半額というセールをやっていたので大量に買い込んでしまった。

すぐに着れなくなってしまうのだが、まあそれはそれと考えてしまうのが親心なのだろう。

なるほど、少しわかるようになってきた。

2日目は初めてベビーカーで外出してみた。

月齢の経たないうちは抱っこ紐が楽だとは聞いていたが、ベビーカー移動もまた練習である。

ベビーカーを使えば移動経路も異なる。

電車の乗り降りも簡単ではない。

特に乗り継ぐところで1ヶ所エレベーターのないところがあるのが非常に不便。

いろいろと勉強になった。

 

3日目は毎年呼ばれて参加している駅伝大会に参加してきた。

私はそのチームには所属していないのだが、友人からの誘いで助っ人扱いで走っている。

といっても、以前はともかく今は助っ人なんてものではない。

走るだけで精一杯。

今年は5kmだったが、22分ほどかけてのジョギングである。

終わったら青空宴会。

その後、友人とカフェで駄弁ってから帰った。

毎年のルーティン。

 

4日目からは3泊4日で妻の実家に帰っていた。

親戚に挨拶したり、同じように帰省していた義妹夫婦とご飯を食べたり、近くのツツジが綺麗な公園に遊びに行ったりもした。

のんびりできたといえばのんびりできたのかもしれないが、義実家なのでやはりそれなりに気を遣う。

助かったことといえば、家事をほとんどせずに済んだことだろうか。

休日は基本的に料理や掃除などの家事のほとんどを私がすることになる。

だから長い連休だとその期間ずっと私の家事負担が増える。

逆に休日でないとロクに手伝えないわけだが、それはそれで楽なことではない。

平日は仕事に追われ、休日は家族サービスという世のお父さんの辛さをモロに味わっている。

もちろん子供の面倒も見るし。

 

義実家から戻った8日目はGWで唯一の出勤日だった。

毎年GWの出勤といえば取引先で手伝いなどをすることが多いのだが、今年は事務部門も兼務しているので事務対応での出社である。

GW中に処理しなければならないものを事務部門だけで捌く。

電話も鳴らず、黙々と作業するだけなので非常に捗る。

むしろ毎日こんな感じならと思う。

まぁ、通常の事務対応以外の自分の仕事は山積みのままだが。

ほんと、これ、どうにかなるのだろうか。


最後の2日間は自分のために使った。

1日はビジネスバッグを買いに。

ビジネスバッグは結構気に入っていて、ちぎれた持ち手を修理して使ったりしていたが、チャック部分が壊れて修理にはバッグ本体の価格の半分くらいの費用がかかると言われたのでついに諦めた。

妻と子供を伴いながらの買い物だったが、私としてはココは譲れないところだったのでじっくり選んで決めた。

前回はFUJITAKAだったが、今回は予算などあれこれ考えて迷った末、豊岡鞄とやらにした。

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上が使えなくなった鞄で、下が新しい鞄。

私はビジネスバッグは平気で地面に置くタイプなので、自立することがとても重要。

その点、新しい鞄は少し不安があるのだが、革の風合い(馬革らしい)に一目惚れした。

あと鞄の中も洒落たデザインになっていて、珍しく実用性よりビジュアルを重視してしまった。

やはり毎日のように使うものだから、自分が気に入ったテンションが上がるようなモノがいい。

前の鞄も6年くらい使って、非常に気に入ってたのだが。

ちなみに兵庫は豊岡で地元ブランド的に鞄を作っていることは初めて知った。

まだまだ知らない逸品は日本各地にあるのだろう。

この鞄を購入した百貨店ではちょうど豊岡鞄のフェアをやっていて、私が買ったら営業の人が大層喜んでいた。

購入したオマケに革の端材で作ったキーホルダーを貰い、それが私の好みの色だったので嬉しかった。

GWのハイライトかもしれない。


最終日は五月人形を片付けて、ついでに家の掃除と片付けをし、髪を切りに行った。

そう、五月人形を飾っていた。

いわゆる初節句である。

私はそういう行事ごとに大して興味はないのだが義父が気にするし、五月人形なら私が使っていたものがあったので実家から送ってもらうことにした。

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三十数年経っても現役。

所々ボロボロになってはいるが、元々のモノはいいのだろう。

まぁ、出したり片付けたりするのは大変だが、その大変さも含めてレクリエーションだと努めてポジティブに考えることにする。

もちろん子供は兜のかの字もわからないわけで、これもまた親の自己満足である。


そんなGWの10日間を終え、わりとヘトヘトの状態での出社である。

まあ大変ではあったが、子供と過ごす時間がたくさん取れたことは良かった。

最近は目が見えるようになったのか、機嫌の良いときは私を見て笑顔になる。

うー、だとか、あー、だとか言い始めて何を言っているかはわからないが、反応があると世話をしていても甲斐を感じる。

まだまだお楽しみはこれからだろうが。


追記になるが、以前から生じていた「はてな」のスターを付けられない不具合が本格的になっていて、ここ数週間まったくスターが付けられない。

以前から訪問させてもらっているブログ、それから新しく訪問を始めたブログもあるのだが、「読んでるよ」という足跡が残せない。

そういうものが書くモチベーションに繋がる人もいると思うので残念だがご容赦いただきたい。

皆様、読ませてもらっております。