異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ジャック・スパロウ事件

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先日、この記事で医学生の後輩について書いていたら、彼との愉快な思い出を思い出したので、せっかくだからブログのネタにしようと思う。

彼(N君としよう)は大学5年生だったとき、当時社会人となり新潟に勤務していた私のところに遊びにきてくれたことがある。

厳密に言えば遊びにきたわけではなく、勤務先探しとしての病院見学を兼ねて来たのだが。

なんでも、見学したい病院の候補に新潟の病院があり、「そう言えば、新潟なら朱天さんがいるから、ついでに遊びに行ける」となったようである。

まぁ宿泊費や旅費は見学先の病院が出してくれるんだったかなんだったかだが、私のところに泊まれば費用も浮く。

打算的な男ではないが、それくらいの算段はあっただろう。

 

N君は来るにあたって、どこか遊びに行けるようなところはないか、きちんと下調べしていた。

このあたり、彼は非常にきっちりしている。

そして来るなり、「謙信公祭に行きたいんですけど!」と言ってきた。

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「謙信公祭」ってなんぞやと思ったが、上杉謙信を讃える祭りのようである。

面白いのは一般市民が甲冑を着用して武者行列を行うこと。

中でも目玉は最後に行われる模擬合戦で、特に当時は大河ドラマ上杉謙信景虎)役を演じていたGACKTが謙信役で登場するということで話題だった。

場所は上越なので私が住んでいた長岡近辺からは少し距離があったが、こんな機会でもない限り行かないだろう。

私はN君の依頼を快諾した。

 

この謙信公祭、どこか1ヶ所で催されるわけではない。

謙信に縁のある複数の寺社や城址でそれぞれに行われるので、それを順繰り見て回ることになる(そう記憶している)。

最初に行ったのがどこだったかは忘れた。

これが何某の墓だとかなんだとか見て回っていると、武者行列がやってきた。

どうも「戦勝祈願に来た」という設定らしい。

一般人らしい甲冑を着た人が何か台詞を喋っている。

(あの甲冑はどこで調達するのだろう?)なんてことをボーッと考えていると、N君が急に「先輩!大変です!ジャック・スパロウがいます!」と興奮気味に話しかけてきた。

パイレーツオブカリビアンを視聴していなかった私は、「何?じゃっくすわろー?新種のツバメ?」みたいな反応をしてしまったが、武者行列を改めて眺めるとすぐに理解した。

武者行列の最後方、見物人というには近すぎる距離に、明らかに来るところを間違えているパイレーツでカリビアンな男がいた。

腕組みをし、退屈そうに行列の後ろに立っている。

パイレーツオブカリビアンを視聴していなくて、ジャック・スパロウという名前を知らなくても、すぐにそれとわかるほどの見事なコスプレ。

ただし、場違い。

 

なぜその格好で来たのか。

ものすごく出来は良いが、なぜジャック・スパロウなのか。

日本まで遊びに来ましたよ、みたいな設定なのか。

それとも単に彼のコスプレのレパートリーがそれしかないのか。

っていうか、ここは武者行列であってコスプレ会場ではない。

いや、武者行列もある種のコスプレか。

驚愕と笑いが私の胸中を渦巻く。

周囲の見物客も明らかに反応に困っている。

なにせ武者行列の人たちは真面目に武者を演じているのだ。

笑ってしまうと真剣なムードに水を差す。

そう、列の最後尾にいる異分子に気付かないくらい真剣なのである。

いや、パイレーツでカリビアンな彼も何か余計なことをしているわけではない。

設定を間違えた格好で、少しばかり近くで見物しているだけである。

その後、武者行列は無事に終わった。

ただしこちらの頭の中は、もうパイレーツでカリビアンである。

 

それからN君と昼食をとった。

本当なら新潟の美味いものでも食べに行きたいところだが、あいにく謙信公祭というイベントをやっている日である。

めぼしい飲食店は長蛇の列だった。

仕方ないのでN君にはローカルなファミレスで我慢してもらうことにした。

ファミレスなら多少混雑していても回転が早いはずである。

ウェイティングボードに名前を書いて待つ。

すると、ほどなくしてパイレーツでカリビアンな男が入店してきた。

N君と顔を見合わせる。

まさか、あの格好のままファミレスに入ってくるとは。

どうやら彼はこの後も、しばらくジャック・スパロウでいるつもりらしい。

するとN君が私の耳元で囁いた。

「先輩、あいつなんて名前書くんですかね」

なるほど、いかにジャック・スパロウといえど、ここで飯を食うにはウェイティングボードに名前を書いて待たなければならない。

あの格好で山田君だったら、ちょっと面白い。

パイレーツでカリビアンな男は紙にペンを走らせた。

それを見計らい、N君は順番を確認する風にウェイティングボードを覗きに行った。

そして、笑いを噛み殺しながらN君が戻ってくる。

「先輩、あいつ、やりました。『ジャック・スパロウ』って書いてました」

N君はもう我慢できないと、笑いをこぼしながら報告してくれた。

あっぱれ、見上げた心意気である。

彼は本当に今日一日、ジャック・スパロウを演じ切るつもりなのだ。

しばらくすると、順番が来て席に案内された。

店員が「1名でお待ちのジャック・スパロウ様」と言う場面に立ち会えなかったことが残念で仕方なかった。

 

それからいくつか史跡を巡り、あとはクライマックスの模擬合戦を残すのみとなった。

「先輩、あいつ、来ますかね?」

「さあな。来たら、確信犯だろうな…」

もう2人の頭の中は、模擬合戦よりもジャック・スパロウでいっぱいだった。

2度の邂逅を経て、なんだかあのパイレーツでカリビアンな男が旧知の仲のように思えてきた。

いるんじゃないか、いや、いてほしい。

そんな気持ちと同時に、広い模擬合戦の会場で鉢合わせる可能性は、現実的には低くも思えた。

N君と2人、会場の一角に陣取り、GACKT率いる上杉軍ではなく、海賊王でも目指していそうな男を待った。

すると彼は現れた。

私たちが見物する場所の数メートル前方。

間に人が何人かいたので見えづらかったが、あの帽子は見間違えようがない。

「先輩、いましたね…」

「ああ、いたな…」

私とN君は感慨に浸っていた。

 

その後、模擬合戦が行われた。

騎馬まで持ち出しての合戦は迫力満点で、この時ばかりは本来の目的を思い出さされた。

GACKTもなかなか魅せ方が上手で、流石にここでは役者が違う。

そんな劇的な模擬合戦の終盤、もう一つ劇的なことが起こった。

パイレーツでカリビアンな男が後方、いや明らかに私たちの方を振り返り、カップのビールを持った手を掲げてニヤリと笑ったのだ。

うん、確かにそのコスプレにはビールがよく似合うね。

模擬合戦の騒音の中、N君が叫ぶ。

「先輩!あいつ確信犯ですよ!」

間違いない。

なぜ彼が私たちをターゲットにしたのかはわからない。

しかし、私はとても良いものを見せてもらえたと思った。

最後には目と目で通じ合えた気さえする。

私は生涯忘れないだろう、ジャック・スパロウ、君のことを。

ただの仕事の愚痴なので読み飛ばしてください

仕事のやる気が出ない。

もともとあったのかと聞かれるとそんなこともないのだが、主体的に何かしようという気持ちが失せている。

それは会社の置かれている状況と多分に関係するのだが、それを通り過ぎても見通しが立たないことが、より無力感を増幅させる。

今期は会社として大きな転換点を迎える予定で、それ以前に新規の顧客を増やしてしまうと、後々面倒なことになってしまう。

じゃあ新規開拓をしなくていいかというとそんなこともなく、ノルマ的なものはあるわけで、やっても良いことはないし、やらなくても良いことはないという状況である。

しかもその転換点を迎えるにあたっては当局折衝が必要で、たぶん大丈夫なようだがはっきり大丈夫ですとも言えない。

だから出来る準備というのも限られていて、少なくとも一個人に出来るようなことは何もない。

会社としてその転換点の先のことをしっかり考えてくれているなら良いのだが、そのあたりも「どうしたらいいと思う?」みたいな状況で、私からも意見はあれこれ言っているのだが、具体的に何か動いている素ぶりはない。

いつもそうだが、意見を集めるわりにはそれが反映されない。

それから、動くのが遅い。

ずっと言っているのだがずっと変わらないので、匙を投げたくもなる。


そのわりに社長は「主体性を求める」みたいなことを言い出す。

出来ることがないのだから、主体性もへったくれもない。

それを慮って、直属の上司が営業全員をチーム分けし、それぞれにテーマを与えて調査・分析するような企画を始めた。

各自で調べ物をすることで営業全員のレベルアップを図ると同時に、それを定例の会議で発表させ、退屈な会議にディスカッションを持ち込もうという考えである。

私も上司の意図を聞いて賛同し、チームリーダーにされたのでレジュメ的なものを作ったのだが、初回のオリエンテーション的な発表を終えると、どうも様子がおかしいなと思った。

どうやら上司が考えたその企画を、社長が捻じ曲げているらしい。

それぞれに発表してその内容について皆でディスカッションするはずが、社長を始め上司一同が聞いて論評する形式になっていた。

それだと意味がない。

私の発表内容も、業界歴の浅い営業員のボトムアップを図るために、基礎的な内容を多分に含んだものにしてあったのが、「会社のこれからを考えるようなものにしてほしい」とか言われ、テーマとまったく違うものを求められた。

しかも発表は全3回の予定だったので2トピックスとまとめの構成にしてあったのに、「もっと幅広い内容を扱ってほしい」とか言われる。

資料作成と発表の時間があればいくらでもやるが、こちらは通常業務の傍ら片手間でやるのである。

そもそもあんたのためにやる発表ではない。


さらに発表を経営陣一同が採点し、優勝チームには社長と豪華な会食が行われることになった。

その発言があったあと、別の意味で一同がざわめく。

いやだって、そんなもの罰ゲーム以外の何でもない。

食事は何を食べるかより、誰と食べるかの方がはるかに重要である。

「金は出すから好きなもの食ってこい」なら喜ぶだろうが、社長と一緒ではバカ話をするわけにもいかない。

どこぞの予約の難しい高級レストランだとかなんだとかで(興味がないので覚えていない)、社長は「俺のポケットマネーで」とか自慢げだが、自己満足甚だしい。


いろいろ考えて上司とも打ち合わせをし、トピックを2から3に増やし、内容を少し浅めにした。

手持ちの情報とネットで拾える程度の情報をまとめたものにしかならないので不本意だが、満足いく仕上がりにするのもバカらしくなってきた。

その内容で第1回の発表を終えたのだが、最終的にトピックを3から4に増やすことになり、さらに発表内容を社員研修で使える資料としてまとめることになった。

しかもテーマのタイトルが変わることになった。

文字通り、最初の目標がどこに行ったのかわからない。

私は何のために発表全体の流れをレジュメにしたのか。

「広く深く調べてほしい」とか言われたが、全然言ってる意味がわからない。

もはやギャグである。


人手のいる調べる部分は他のチーム員に頼むのだが、まとめる作業は私がやることになる。

本来、彼ら彼女らの勉強を兼ねての企画なのだから、そこを任せられる状況にない。

そもそも通常業務の傍ら調べてもらうのだから、あまり力を入れられて通常業務が疎かになる方が困る。

しかも最後に追加されたトピックに至っては、チーム員どころか社内見渡しても私ともう1人くらいしか作れない内容のものである。

作るのは構わないが、発表とは別にしてしっかり作らせてほしいと言ったのだが、その意見は通らなかったようである。

上司はだいぶ気を遣ってくれているが、彼自身も自分の企画が違った形で進んでしまっていることに頭を抱えているので、あまり責めるわけにもいかない。


やる気を出してもがいているわけではないのでストレスフルではないが、適当にいなしていても、めんどくさ過ぎてモヤッとする。

しかもそれだけいろいろ要求してくる社長の期待に応えて資料を作っても、無事なら来年にはまた社長交代で彼は親会社に戻るはずである。

で、また新たに親元からやってくる何も知らない社長に対して、同じように滔々と説明を繰り返す羽目になる。

上司にそんな愚痴を言ったら「その通りだけど、どうしようもないでしょ」と言われた。

バカらしいなぁ。

という愚痴。

迷うのは構わないが、悩むのは無駄である

先日、やけに妻がストレスフルな状態になっていた。

別に何を言うわけでもないが、見ていればわかる。

仕事も在宅のアルバイトに切り替え、人間関係によるストレスも減ったはずなのに、何か思うところがあるのだろうか。

そう思ったのでストレートに聞いてみたら、子供ができなかったらどうしよう、ということに悩んでいるらしかった。

子作りに取り組んで3ヶ月ほど。

今のところその兆候はない。

私からすればまだ3ヶ月といった感じだし、とりあえず1年くらい頑張ってから考えたらいいんじゃないかと思うが、妻が不安に思うなら、それは私がいくら心配すべきことではないと言っても仕方ないのである。

 

仕事をする環境が変わったこともあるようだった。

家で仕事をするものだから、日中は誰とも喋らずに黙々と作業をすることになる。

また在宅のバイトなど仕事量の調整弁なわけだから、繁閑の差が激しい。

最初の1ヶ月ほどは会社に通っていたときと変わらないくらいの仕事量だったようだが、最近は繁忙期を過ぎてほとんど仕事がなくなり時間を持て余しているようである。

いずれも在宅に切り替える前からわかっていたことで、初めからわかっていたことだということは妻も承知している。

ただ頭で理解しているということと、現実を受け入れることは別なのだろう。

まぁ人間概ねそんなものである。

 

それで「子供ができなかったらどうしよう」→「子育てまで考えて在宅にしたから、新しく別の仕事を始めようか」→「不妊治療とかしないと駄目なのかな。それでもできなかったら里子とか?」などなど、不安が不安を読んで一人で大変なことになっていたらしい。

大げさだと思われるかもしれないが、それが妻という人間なのである。

それだけ子供が好きで、子供を授かりたいと思っていることの表れでもあるし、悪いことだとは思わない。

ただ、その状態を放っておくことは妻自身にとってよろしくない。

とりあえずは「1年間子作りを頑張ってみて、駄目だったら駄目だったときに考える」、「仕事はそれまで今の在宅のものを続ける。追加でやるとしても単発の日雇いのみ」ということを決めた。

妻のようなタイプは、具体的な方向づけさえしてあげれば落ち着くものである。

案の定、それですっかり不安は解消されたようで機嫌も良くなった。

 

誰のエッセイだったか、はたまたどこかの小説の登場人物の発言だったか忘れてしまったが、「迷うのは構わないが、悩むのは無駄」というフレーズを見たことがあり、以来自分の中の格言として胸にしまっている。

ここでいう「迷う」というのは、答えを出せる問いについて思索を巡らせることである。

「Aにするか、Bにするか」といったような、具体的な選択肢のある問いだと考えればわかりやすいかもしれない。

反対に「悩む」というのは、答えの出ない問いについて思索を巡らせることである。

将来に対する漠然とした不安だとか、「勤めている会社が倒産したらどうしよう」といった仮定の話とか、そういったことについてあれこれ考えることである。

わからないものは、いくら考えたってわからないのだ。

だったら考えるだけ無駄である。

「案ずるより産むが易し」とばかりに、デンと構えていれば良い。

 

妻の不安というのも、答えの出ない仮定の話である。

いくら考えても不安になるだけで、ちっとも良いことはない。

予防線を張っておいたり、準備をしておくことも大切だが、実際に答えを出せる状況になってから素早く動けばいいのである。

もちろん私みたいにスパッと割り切れる人ばかりではないだろう。

「そうは言われても」と思う人もいるはずである。

いきなり丸々すべて受け入れる必要はないが、そんな考え方もあるんだなくらいに心に留めておくと、いつかどこかで自分の中で腑に落ちる場面がくるかもしれない。

それはこの考え方に限らず、いろんな経験についても同じことが言えると思うが。

 

そうと決まればというか、なんというか、妻は身体に良いことに急にこだわり始めた。

身体を冷やさないように冷たい飲み物を避けたり、鉄分がどうだとかビタミンがどうだとかで食材を工夫してみたり。

良いことだと思う。

効果のほどはどうなのか知らないが、仮に効果がないものなのだとしても、そういった努力をしているということが本人の安心感につながる。

この場合、何をしているかだけでなく、何かをしているということそのものが大切なのである。

 

それじゃあ、私も亜鉛でも飲んだ方がいいのかな。

まぁ私のような疑念に満ちた人間には、プラセボ効果は出そうもないが。

金持ちがモテるのは悪いことか?

最近、通勤電車に揺られていると、Amazonプライム・ビデオの「バチェラー」の車内広告が目についた。

イケメンを取り囲むたくさんの美女という構図がなんとも目を引く。

海外ドラマか何かかと思ったら、一応ノンフィクションらしい。

google先生に聞いてみたら、日本版もあるとのこと。

昔の「あいのり」、少し前なら「テラスハウス」みたいな感じだろうか。

あれだって「やらせ」じゃないかとか何だとか散々批判を浴びながら長く続いたし、こうやってまた新手の焼き増しみたいなのが出てくるくらいだから、日本人というのは兎角他人の色恋沙汰が好きなものらしい。

いや、これは海外番組の移植ものなのだから、万国共通と言った方がいいのだろうか。

いずれにせよ、視聴していないし、今後視聴するつもりもない私がとやかく言うことではない。

 

ノンフィクションだとして、容姿端麗で資産もあって社会的ステータスもある男性なら、きっと女性としては是非ともお付き合いしたいところなのだろう。

それでもって、そんなあれこれを妬ましく思う男性や女性もいるのだろう。

「金目当てじゃないか」とか「いたずらに女性性を武器にしている」とか。

まぁ当人同士が幸せなら、他人がとやかく言うことではないと思う。

 

そんなことをぼーっと考えていたら、大学時代に部活動の後輩から受けた相談を思い出した。

私が4年生、彼が1年生で医学生だった。

この後輩はときどき悩み相談というか、人生相談というか、なんらか私に意見を求めてくることがあった。

理由はよくわからない。

私はどちらかといえば、当時は気難しくて話しづらい方だったと思う。

たぶん大学外で練習をする時などの移動に私が車を出して連れて行っていたから、話す機会が多かっただけだろう。

 

さておき、彼は入学早々、掛け持ちしている別のサークルで交際相手ができたらしかった。

彼はバカ正直でバカ真面目なので、それはすぐに部員たちに知れることになる。

そしてまたそれをひやかされたりする。

いわゆる「いじられキャラ」なのである。

そうやって一通りひやかされたある日、彼は突然「僕、ときどき思うんですけど、彼女は僕が医学生だから付き合ってるんじゃないかって」と言い出した。

これは当時の彼の交際相手が具体的にどうだとか、不満があるとかいうわけではないらしかった。

今後彼が医者を目指し、また医者として生きていくにあたって、ずっとそんな疑念をもって恋愛をしなければならないのだろうか、という話だった。

ちなみに彼が、この考え自体が傲慢で嫌味かもしれないとひとしきり断った上での話である。

 

その話を聞いて、私はどこかで見聞きした意見を思い出した。

「顔の良い奴とか、運動神経の良い奴がモテるんだから、お金を稼ぐ能力がある奴がモテて何が悪いのか」という意見である。

はっきり覚えていないが、確か堀江貴文氏のコメントだったと思う。

なるほどな、と思った。

例えば、こんな話を私にした彼は「自分のことが好きなんじゃなくて、医者というステータス(あるいはそれによってもたらされる資産)が好きなんじゃないか」と考えているわけである。

しかしここでいう「自分」に「医者」というステータスは含まれないのだろうか。

もし「自分」というものを性格だとか内面的なものに限定すると、それだけで成立する恋愛なんて皆無だろう。

「自分」というものはそんなに単純なものではなく、もっとたくさんの構成要素によって成り立っているはずである。

その中には足が速いことも含まれるかもしれないし、金を稼げることも含まれるかもしれないし、すでに金を持っていることも含まれるかもしれない。

つまり彼が将来医者になり、金をがっぽり稼ぐとするなら、それをすべて含めて彼自身なのである。

だから実際どうであれ、仮に彼が医者であるがためにモテることがあるとしても、それは悩むことや恥ずべきことではない。

もちろん世の中には相手の資産目当てで結婚して、人殺しまでするような輩もいるわけだが、それは金持ちがモテることが悪いことの理由にはならない。

そんなレアケースに限らず、本気の悪意から身を守る術などほとんどない。

 

「そんなことを言ってる人もいるよ」と、私は話した。

彼がそれでどれだけ納得できたかはしらない。

あとは彼自身の問題である。

ちなみに彼はその後、結婚し、今は子供も1人いる。

医者としてもバリバリ仕事をしているし、はたから見ていると仕事もプライベートも順調そうである。

それはひとえに彼の努力や人間性の賜物なのである。

彼自身が医者であるというだけで、一般的な「成功」を収めている訳ではないのだ。

社会的な成功(主に金銭的な面で)を収めている人間というのは妬まれやすいが、彼ら彼女らもそれ相応の努力をして今の地位にいるはずである。

もちろん、あぶく銭を手にした人間もいれば、親のステータスを利用しているだけの人間もいるわけだから一律に擁護できるものではないと思うが、一律に批判されるべきものでもないだろう。

 

そう考えると、「自分」というのをどこからどこまでと捉えるかというのは難しい問題だなぁと、全然関係ないことまで思考が及び始めたので、この辺でやめておくことにする。

ギターが我が家にやってきた

ギターが我が家にやってきた。

経緯はちょっとややこしい。

会社に楽器を始めた同僚がいる。

お互い中途入社ながらほぼ同期のようなもので、職務上は盟友のような存在である。

彼が一昨年、中古マンションを購入した。

私も何度か遊びに行っているが、都内の利便性の良い環境にある、こじんまりしたマンションである。

なぜかそのマンションには防音室があるらしい。

以前の住人が趣味で施したものだそうだ。

そして彼の奥さんは高校時代、軽音楽部だったらしい。

そんな縁で、彼は新しい趣味として奥さんと楽器を始めたのだった。

 

ちなみに奥さんはドラマーで、彼は新しく始める楽器としてベースを選択したらしい。

なぜかは知らない。

とりあえずそんな話を聞いたとき、私が「そういえば昔、ギターに挑戦して挫折したことがあったなぁ」とこぼしたのだった。

最初に勤めた会社の赴任地が縁もゆかりもない土地で、休みにすることがなくて挑戦したのだった。

ただ元々手先が器用でない上に、練習方法もわからないままに教則本など買って自己流で始めたので、まったく上達せず早々挫折した。

7,8年前の話である。

ギターは引っ越しの際にどこぞで買取に出した。

 

それを聞いた同僚は「一緒にやろうよ!」と勢いよく勧誘してきた。

わりと無趣味な人なのだが、どうやら楽器は性に合ったらしい。

バンド編成の楽器を練習しているなら、メンバーを揃えたくもなるだろう。

私も音楽は好きでカラオケなどはよく行くのだが、楽器は何もできないので何か一つくらい演奏できるものがあればなぁと、ずっと思っていた。

一緒にやるなら諦めはしないだろうし、練習方法とかも教えて貰えるかもしれない。

ただもうそのとき結婚していたので、自分の一存で楽器など買えないなぁと思った。

一応、妻に打診したのだが、「ふ~ん」というあまり好意的でない反応だったので諦めた。

同僚は残念そうにした。

それが1年ほど前の話。

 

そんな経緯があったのだが、先日、同僚が「ギターを貰ってくれないか?」と言ってきた。

彼はマンツーマンレッスンに通ってベースを練習していたのだが、最近はギターも始めたらしかった。

そしてそんな折、生産中止になったギターがネットで格安で中古販売されているのを見て、衝動買いしたらしかった。

もちろん彼はギターを持っているし、なんなら彼の奥さんもギターを持っている。

ついでに言えば、彼はなかなかの恐妻家である。

かくして買ったギターはクローゼットの奥に身を隠すことになった。

どうせ弾けないならまた売るか、いやその前に貰ってくれそうな人に声をかけようとなったようである。

 

買うと言えば許可がいるだろうが、貰うなら構わないだろう。

しかしタダで貰うのも申し訳ない。

そうだ、ギターの代金は払って、妻には借りていることにしよう。

そんな小狡いあれこれを思考して、私はその身寄りのないギターを引き取ることにした。

ちなみに同僚はギターの代金は受け取れないと言い張ったので、押し問答の末に半額で譲り受けることになった。

なかなかカッコいいエレキギターである。

 

ついでに同僚から必要なものをあれこれ教えてもらい、練習方法も教えてもらった。

上手にはできないが、反復練習をして上達を試みることにする。

アンプとか一式はネットで購入し、来週あたりに届く。

弾けるようになったら、同僚とバンドを組んで演奏することになっている。

何か目標があった方が努力するだろうという配慮である。

妻からは「これ以上趣味を増やしてどこを目指してるの?」と言われた。

どこも目指してないのだが、「最高のオールラウンダー」と答えておいた。 

まぁ、器用貧乏も極めればどこかに行き着くだろう。

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