異呆人

毒にも薬にもならない呟き

郷に入れば郷に従う

先日、取引先の引き継ぎで後輩と一緒に出張した。

1泊2日の旅程でホテルを合わせるはずだったが、後輩は間違えて私が伝えたホテルと別のホテルで予約をしていた。

同じ名前のホテルが2か所あったので、「〇〇っていう駅の近く」程度の情報しか与えず、細かく指示しなかった私が悪かったかもしれない。

自分は慣れているからわかることでも、初めてそこに出張する後輩は土地勘もまったくないので、間違えてしまうのも仕方ない。

そんな流れで別のホテルに泊まることになったので、翌朝は駅で集合することにした。

 

そして翌朝、待ち合わせの時間に駅に着くと、雨に濡れた後輩がいた。

確かに、まずまずの雨が降っている。

それなら傘はどうした。

私:「傘は?」

後輩:「持ってないです」

私:「買わなかったの?」

後輩:「はい。あ、でも僕、濡れても平気なんで」

そんな会話を交わす。

うん、君は濡れても平気かもしれないが、これから君と会う取引先の人は、したたか濡れた営業マンを見てどう思うよ。

もちろん何とも思わない人もいるだろうし、たぶん後輩自身がそうなのだろうが、中には不快に思う人もいるだろう。

人と会うことが仕事の営業職というのは、そういう細かいところに気を遣わなければならない。

いろんなタイプの人がいるのだから、合わせるのなら基準の厳しい方に合わせるのがベストである。

そんなことを、柄にもなく滔々と説いて聞かせた。

まぁ傘を買うとなれば自分の懐から金を出さねばならぬのだから、そんなことは強要できないが。

でも、以前にも折り畳み傘は常に持ち歩くようにアドバイスしたと思う。

泊まりがけの出張が多いのだが、出張先の天気まで気を配るのはなかなかに手間である。

 

また後日、同じ後輩と同行して取引先の社長に会うことになり、その前に昼食をとることになった。

近くにあった餃子を名前に冠した某中華料理チェーンに入ったところ、後輩はにんにくゼロの餃子定食を注文した。

私は注文する前に「にんにくゼロって言っても、ニラとか入ってるんだからやっぱり臭いするんじゃない?」と言ったのだが、「大丈夫じゃないですかねぇ」とか言ってそのままたのんでしまった。

そして案の定、食べた後で「やっぱり先輩のいう通り、ニラとかで結構臭いがします…」と言い出す。

仕方ないので私が持っていたミントタブレットを分けてあげた。

ミントタブレットくらいではどうにもならないかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

 

さらに後日、そのとき会った社長から「店頭で配れるこんなチラシが欲しい」と要望があった。

昔、私が使っていたもので同じようなものがあったので、新しく担当になる後輩から後日メールでデータを送ることになった。

ただし古い資料だったので、商品の価格や参考データなどを最新のものに変えなければならない。

なのでそれをベースに作り直して、社内審査を通してから先方に送るように後輩に言った。

まあ審査といっても、上長数名に目を通してもらってハンコをもらうだけである。

すると、その話をした数時間後に私をCCにしたメールで先方にデータを送っていた。

近くのデスクで仕事をしていたのでチラシを作っているのは見ていたが、社内審査を通したような雰囲気はなかった。

私:「審査、通したの?」

後輩:「はい。審査番号を取得しました」

私:「番号取るって、審査リストに入力してそこにある番号をチラシに載せるだけじゃないけど、わかってる?」

後輩:「え、そうなんですか?」

といった具合で全然わかっていなかった。

社内審査を通す場合、作成する文書の種類に応じて番号が割り当てられ、それを文書に記載しなければならない。

その番号だけなら自分でリストに入力するだけで取得できる。

もちろん実際の審査はその番号を記載した書類を自己チェックし、上長にチェックしてもらって完了するのだが、後輩は番号を記載しただけでチェックをせずにデータを外部に送っていた。

普通に考えて、番号を記載するだけでは審査でもなんでもない。

しかも自分でもろくにチェックしていなかったようで、肝心の価格が類似商品のものになっていた。

社内審査のやり方を知っていると言ったから任せたのだが。

せめて私に「こんな感じでどうですか?」と、出来上がりでも見せてから送ればよかったのに。

そしたら価格の間違い程度はすぐ気付くし、そんな雑なものを作っている時点で審査の通し方をわかっていないと気付く。

 

以上、ただの愚痴。

我が身を振り返る意味も込めて、自分基準で物事を考えてはいけないなと思った。

「私は大丈夫」という許容範囲は人によって大きく異なる。

相手のある仕事なら、時には相手に合わせることが求められる。

もちろん世の中自己主張も必要だし、個性を発揮することも必要なのだが、相手や周囲に合わせるというのは、そういうものとはまったく別の次元の話である。

「これが私のやり方です!」で貫き通せる世界で生きている、もしくはそれが通用するだけの実力があるなら話は別だが、世の中の多くの人というのは世の中の多くの人が生きている世界に生きていて、つまり一般常識とか慣習とかそういったものに一定程度すり寄らなくてはならないのである。

それが時に不合理なものであったとしても。

文句を言うのは構わないが、文句を言っても世界は変わらないのである。

だったら上手いやり方として、相手の基準に「合わせる」ことも覚えなければならない。

人が3人いれば社会が成立すると言われるが、社会というのはそういうものなのである。 

例えば仕事ひとつとってみても、私がいる業界は法令だとかなんだとか、いわゆるコンプライアンスに厳しい。

普通の業界だったらそこまで気にしなくてもいいことでも、うるさく言われたりチェックしなければならなかったりする。

後輩もまったく違う業界から転職してきているのでわからないことも多いだろうが、そこは「郷に入れば郷に従え」である。

早いところ慣れてもらうしかない。

 

まぁ私の方がマイペース、というか自己流でやっていることの方が多いので、あまり人のことを言えた義理ではない。

相手のことを慮ったり、相手がどう思うか考えたり、あるいは世の中一般で自分のやっていることがどう受け止められるのか考えたり、そういう少しばかりの心遣いで世界はもっと円滑に回るのではないかと思う。

実際に世の中には無駄なことや意味のない慣習も多いのだが、それが最初に出来上がったときにはなんらかの意味があったはずで、あるいはもしかしたら無駄だと考えている自分に思い至らない部分があるだけで、実はそれなりの効用があったりするかもしれない。

とりあえず従ってみる。

それで本当に無駄だと感じたら変えればいい。

変えられないようなことならどう足掻いたって変えられないのだから、文句を言いながら従うか、違うルールで生きられる場所に逃げるしかない。

自戒も込めて。

右見て左見て真っ直ぐ歩く

最近twitterのタイムラインに、しばしば右寄りの人たちのツイートが流れてくる。

フォローフォロワー内(FF内)の人で「いいね」やリツイートをしてる人がいるからである。

そういえばtwitterを使い始めた頃、私自身がそういう人にフォローされたこともある。

たぶん北朝鮮政策についてツイートしたことがあったからだろう。

そんなツイート一つでいきなりフォローしてくるなんて大した度胸だと思うが、それは相手の自由なので好きにすればいいとは思う。

私自身は特定の政党は支持していないし、いわゆる右左で言うならどちらでもない。

どうしても無理矢理分けたいというなら中道右派くらいのスタンスなんだろうが、私は政治家ではないのでそんな風に分類されることに意味はない。

個別の政策について支持することはあるし、例えば憲法改正でいえば自衛隊の明記や、なんなら国防軍としてしまうことも構わないと思うのだが、だからといって右寄りではないし、むしろ安倍政権や自民党は嫌いである。

 

だから右な人たち(最近の言葉で言えばネット右翼なのかもしれない)のツイートを見ていると不快感を感じることも多い。

概ね彼ら彼女らは、自分に都合の良い情報しか見ようとしない。

あるいは都合の良いように解釈しようとする。

例えば現状のスキャンダルと思しき事柄で政権が叩かれている状況に対して、「民主党政権はもっと酷かった」的な発言を見かける。

確かに民主党政権は仕事が下手くそだったし、擁護できる部分はほとんどないし、そのつもりもないのだが、そんな不出来な政権と比べて「安倍政権の方がマシ」と言うことにはなんの意味もない。

目糞が鼻糞を笑っているようなものである。

あるいは安倍政権で経済が回復していることを大手柄のように数字をもって示す人がいるが、確かに安倍さんの政策が押し上げた部分もあるのだが、そもそもがリーマンショックからの回復期に当たるわけで、いわば追い風参考記録である。

むしろこれだけ経済が回復したと言われながら、実感できている市井の人々が少ないのだから、やるべきことはもっとあると言える。

まぁそんなことを悶々と考えながら、議論をふっかけようかと思いながら、しかし理屈の通じない相手だったらめんどくさいし、たとえ説き伏せたとしてもちっぽけな満足感しか残らないわけで、負うリスクに対してメリットが小さいと判断して、こうやって空中戦でもやもやを発散している。

 

ネットの世界でそんな情報に接しながら街を歩くと、駅前では今日も今日とて安倍政権を批判する左寄りの人たちが、プラカードや旗を掲げながら、拡声器で自分たちの主張を声高に叫んでいる。

悪いとは言わないが、何か違うなと感じる。

彼ら彼女らは政権のやることなすことに反対はするものの、だからどうしたらいいとか、自分たちの主張通りになったらどうなるかといった具体的な話はしない。

未来の話ができない。

「今、あいつらが許せない」といった主張にしかならない。

非常に非生産的である。

年金制度は破綻しそうだし、隣の国には核兵器片手に脅しをかけてくる奴がいるし、隣の国どころか海の向こうの「お友達」すら核兵器片手に脅しをかけている世界の状況に、ただ否定するだけの主張はあまりにお粗末である。

 

思考停止だなと思う。

たくさんの情報にアクセスできる社会になって、実際に私たちはたくさんの情報に接するわけだが、そこは真偽の錯綜した無法地帯である。

パッと見て正しそうな主張はたくさんある。

そういうものを目にしてすぐに鵜呑みにし、あるいは誰かに吹聴されて信じこまされ、それを同じように拡散するスピーカーになる。

だから彼ら彼女らの主張はすぐさま反論するには難しい程度には筋が通っているわりに、よくよく考えたら偏向した見方をしていたり、中身がすっからかんだったりする。

よく考えて受け入れていない。

裏側にいるもっと利己的で真っ黒な人間の手先にされてしまう。

そしてそうなっているという意識に乏しい。

 

マスコミもスキャンダラスな話題をワイドショー的に流すばかりで、司会者は偏った答えになるような質問をするし、答える専門家ですらないコメンテーターも、もっともらしいことをもっともらしい顔で話すことを仕事にしている。

出来レースの片棒を担いで平気な顔をするし、たまに新事実で以前のコメントが否定されるようなことになっても、軽く謝罪すればなかったことになってしまう。

盛り上がればそれでいいなら、太鼓を叩いて尺八でも吹いていればいい。

 

極端な主張に走る人たちというのは、ただ現状に不満があるだけなんだろうなと思う。

それも世の中の現状に不満があるというより、今の自分の生活に不満があるのだろう。

そういう不満の捌け口をネットや街頭に見出しているのだろう。

大海に石を投げるように。

影響がないからできる。

心の底ではそれに気づいているからできる。

万が一にも彼ら彼女らの主張が通ってしまったら、そのときになって右往左往するかもしれない。

「そんなつもりじゃなかった」とか言いそうな気がする。

小狡い。

 

しかしまあ、そうやって不満の捌け口をどこかに見つけることが悪いことばかりだとも言えない。

ネットや街頭で声高に叫んだってどうせ世界は変わらない。

彼ら彼女らの主張は大海の一滴となる。

そういう影響のないところで不満を吐くことで、実生活がうまくいったり、彼ら彼女らの心が少しでも楽になるなら、それは立派な効果と言えるかもしれない。

多少癪に触ることもあるが、そう考えてさらっと受け流すようにしている。

世間を動かす人間の大半が金を持っているだけのどうしようもない人間であることは、おそらく私たちの力では変えようがない。

だったらそういう現状やそんな主張をする人たちに、苛立ち、憤り、ストレスを溜めるよりは、もっと生産的な身の回りのことに力を入れていたい。

 

先日、一つ歳を重ねた。

特に感想はない。

時の流れるままにこの身も流されていけばいいと思う。

クロノマギア日記 〜概要と感想〜

twitter.com

 

この4月にリリースされた新しいデジタルカードゲーム(以下、DCG)のクロノマギア(以下、クロマギ)をプレイしている。

モンスタータイトルと化した「パズドラ」を作ったガンホーの新作ということで、 DCGプレーヤーのみならず、わりと多方面から注目されているように見受けられる。

プレイ動画を積極的に公開しているユーザーもまずまずいるようで、マイナージャンル(私はそう思っている)であるDCGの滑り出しとしては好調な方ではないだろうか。

リリース当初はあまりにも高い課金レートに批判が殺到したが、その批判を受けてかなりの早さで課金レートも修正しており、運営の意気込みは感じる。

まぁDCGの運営実績がないので、マーケティングに問題はある可能性はあれど、修正したのだから大目に見ていい範囲なのではないかと個人的には思う。

 

さて、このクロマギだが、通常のDCGとはシステムが大きく異なる。

もちろんDCGごとに特徴あるシステムは持っているのだが、「これは本当にDCGか?」と言われるくらい特殊である。

DCGであるか否かで言えば、私はクロマギはDCGだと思う。

私の考えるDCGの要件は、

①カード(札)を使ったゲームであること。

②ターン制であること。

③相手のライフを0にすることを目的とすること。

だと、ざっくり考えている。

だからクロマギは紛れもなくDCGだとは思うが、そういう疑いを招くくらい独特なのである。

 

私はまだストーリーモードをクリアした程度で対人戦は少ししかこなしていないが、現段階で把握したゲームの概要と感想をまとめておきたい。

まずは概要。

  • デッキ(山札)枚数は20枚(レアリティに関わらず同一カードは2枚まで)
  • プレーヤーは能力者を選択し、その能力者に合わせてデッキを構築する
  • 能力者は3種類×3段階=9つのマギアスキルを持つ
  • マギアスキルは毎ターン1回、各スキルごとに必要なマナコストを消費して使える
  • マギアスキルを使うにはスキル固有の要件を満たす必要があり、特定の属性や種族のクリーチャーがサモンされている(場に出ている)必要がある
  • カードにはクリーチャーとマジックがあり、クリーチャーには固有に属性と種族がある
  • クリーチャーは通常はセット(裏向き)された状態で場にで、次のターンにサモン(表向き)される
  • セットされている状態では、そのクリーチャーのマナコストしかわからず、セット状態のクリーチャーは通常は攻撃やマジックの対象とならない
  • クリーチャーがクリーチャーを攻撃する場合、ダメージは与え合わずに一方的に攻撃側がダメージを与える
  • 能力者ごとに初期の保有マナ、ライフ、防御力(能力者は通常は防御力を差し引いた分のダメージを受ける)が設定されている
  • カードやマギアスキルを使用するために必要なマナは、各能力者ごとに設定された値がターン始めに増加する。また能力者がダメージを受けた分だけ増加する

 

羅列すると、こんな感じ。

わかりにくいかもしれないが、簡単に言えば、まず使いたい能力者を選び、使いたいマギアスキルを選ぶ。

次に、そのマギアスキルを使用するために必要な属性・種族を持つクリーチャーを中心にデッキを構築する。

そんな流れで構築を考えていくことになる。

つまりマギアスキルを主体として戦うゲームだということである。

ここがクロマギが一風変わったDCGである所以である。

カードを使うために必要なマナは最初から設定された数値が確保されているし、これはある程度のコストまでのカードを使うには十分な量である。

つまり通常カードゲームで考慮されるべきマナカーブ(コストの低いカードから順番にプレイすること)を考慮する必要が少ない。

 

マギアスキル主体といえど、それを使うためにはクリーチャーをサモンする必要があり、継続的にマギアスキルを使用するためにはクリーチャーを強化して守る必要がある。

そのためクリーチャーを効率的に守れるスキルや、クリーチャーを除去したり、クリーチャーを無視して能力者にダメージを与えるスキルが強いと感じる。

クリーチャーのセットとサモンのシステムから、後から出たクリーチャーが先に攻撃できることになり、ダメージは一方的に与えられるので、先攻後攻の有利不利は絶妙に調整されているし、これまた通常のカードゲームで考慮されるテンポの概念が薄いと感じる。

こんな感じなので、今世間一般に存在するDCGに馴染んでいるユーザーからすれば違和感が大きいかもしれない。

ついでに言えば、結構複雑で難しい。

この今の感想も、もう少しプレイしてみれば変わってくるかもしれない。

 

課金回りの環境について言えば、課金レートやカード生成レートどうこうはもう少し触ってみないとわからないかなと思う。

カードは全能力者共通なので資産には困らなさそうだが、能力者のマギアスキルが要求するクリーチャーの属性や種族が違うので、結果的に能力者ごとに使えるカードが決まってくる。

逆に言えば、資産が少なければ、手持ちの属性や種族のカードで使える能力者を選ばざるを得ないようなことがあるかもしれない。

またカード生成は属性ごとに必要なピースを消費するので、特定の属性のカードばかり集めるようなことが難しい。

通常のDCGであれば必要なタイプのカード以外を砕いて(資金に還元するような形をとって)、特定のタイプのカードばかり集めることが可能だが、クロマギはある属性のカードを砕くとその属性のピースを中心に入手するようになっていて、特定の属性に寄せづらい。

課金効率は悪そうだが、現時点ではクリーチャーの強さの差が小さくマギアスキルが主体になると感じるので、どこまで強いカードを集める必要があるかはわからない。

運営側の集金システム的には面白いと思う。

 

以上、始めて数日であまりやり込んでいない状態でのざっくりとした感想。

どこまでプレイするかは、現状では未定。

結構頭を使うので面白いとは思うが、フタを開けたら環境が特定の能力者に寄っていそうなら面白くないかなと思う。

その辺りは運営の環境調整の手腕にもよる。

ちなみに私はこのお姉さんをメインで使うつもり。

正直、スキルはクセがあって使いにくそうだけども。

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価値あるものは色褪せない

今週のお題「わたしの春うた」

 

www.youtube.com

 

今、一番好きなアーティストは殿堂入りレベルでBUMP OF CHICKENなのだが、人生で初めてアーティストとして好きになったのはスピッツだった。

小学生くらいの頃というのは流行りの歌が好きだったり、親が聞く曲を一緒に聞いていたりするくらいで、自分からCDを買ったり借りたりして音楽を聴くことはなかった。

今でこそアーティスト単位で聴く癖がついているので、適当にいくつかレンタルショップでCDを借りてみて、気に入ったら芋づる式に同じアーティストの曲ばかり聴くのだが、そんな聴き方をした最初のアーティストがスピッツである。

 

耳馴染みの良いメロディに独特の世界観の歌詞。

それに草野さんの声が相まって、包まれるような、浮遊感のあるような聴き心地がある。

「春の歌」はそんなスピッツの曲の中でも力強くてエネルギッシュな曲だと思う。

まさに春芽吹く草花の生命の息吹を感じるようなメロディ。

曲名もストレートに「春の歌」。

 

最近はあまり聞かなくなったな、スピッツ

カラオケでは影の十八番なのだが、近頃はその場にいるメンバーに合わせて盛り上がるような、ネタ曲ばかり歌っているから尚更。

でも、改めて聴いて良い曲だと思う。

むしろ、大人になって歌詞を噛みしめるように聴いた方が味がある。

うん、久しぶりにベストアルバムでも聴いてみるかな。

2018 皐月賞 〜予想〜

なんか気分が向いたので久しぶりに競馬の予想記事でも。

ちなみに高松宮記念万馬券を当てた後は、大阪杯桜花賞も3連複的中している。

まあ固めの筋だったので、大阪杯は大した金額にならなかったし、桜花賞に至ってはトリガミだったが。

 

皐月賞

◎:15ステルヴィオ

◯:2ワグネリアン

▲:3ジャンダルム

△:12グレイル

△:10ジェネラーレウーノ

△:14サンリヴァル

 

3歳馬がしのぎを削るクラシック3冠の第1戦。

注目のダノンプレミアムが脚部の故障で出走できなくなったので、混戦模様というか、逆に面白くなった感じか。

ちなみに去年は勝ち馬のアルアインをまったく買い目に入れておらず、かすりもしなかった。

データ的には臨戦過程として共同通信杯組の成績がダントツに良い。

次いで、スプリングS弥生賞

さらに1800m以上の重賞で勝った経験のある馬の複勝率が高い。

基本的には人気馬、実績馬が優勢か。

また追い込み馬は不振。

前目か中団くらいで運べる馬が良さそう。

天気が悪そうなので、道悪への対応力も問われるかも。

 

本命はステルヴィオ

出走していればおそらく1番人気に推されていたであろうダノンプレミアムにしか負けていないのは、ワグネリアンとステルヴィオ

両馬とも中山での実績もあるし、重馬場での勝ちもある。

じゃあ1枠で福永騎手騎乗のワグネリアンを軸にするか、8枠でルメール騎手騎乗のステルヴィオを軸にするかとなるなら、私は即断でステルヴィオである。

後ろからの競馬が多いことは気になるが、だからこそ外枠も問題ないかと思う。

逆にワグネリアンは内枠でスムーズに捌けるかどうかだし、そんなときの福永騎手は案外あてにならない気がする。

 

とはいえ、実績で見るならワグネリアンが対抗馬であることは間違いない。

末脚で考えるならこちらの方が強烈だろう。

 

単穴はジャンダルム。

叩きの1戦だった弥生賞はダノンプレミアムとワグネリアンに敗れ、前々走の G1ホープフルSはタイムフライヤーに敗れている。

しかし負けた相手も弱くはないし、今回と同じ舞台の中山2000mでしっかり結果を残しているとも言える。

上がりの速い馬ではないが、展開次第ではワンチャンあるのではないだろうか。

この記事執筆時点で8番人気なら妙味もある。

 

データ相性の良い共同通信杯組から買うなら、個人的にはオウケンムーンよりグレイル。

前走の共同通信杯は7着だったが、叩きの一戦だったこと、1頭だけ57kgを背負っていたことを考えれば、度外視でいいかなと思う。

京都2歳Sではタイムフライヤーより速い上がりで勝っている。

また新馬戦では不良馬場の中、きっちり勝っている。

岩田騎手への乗り替わりがどうかだが、こちらも中穴どころで面白そう。

 

荒れた馬場で前残りの展開になる可能性を考えれば、あるかなと思うのがジェネラーレウーノとサンリヴァル。

ジェネラーレウーノは今回唯一の京成杯組で3ヶ月空いていることがやや気になる。

しかし新馬戦以外では負けておらず、同舞台の中山2000mを2勝している舞台適性を考えて抑えておきたい。

サンリヴァルは前走弥生賞は4着、前々走のホープフルSも4着だが、相手が強かったことを考えればそこまで悪い内容ではないと思う。

こちらも4戦中3戦が中山2000m。

意外と面白いのではないだろうか。

 

後方待機が多いタイムフライヤーは1枠1番ということで切る。

2戦2勝でここが3戦目のキタノコマンドールはM・デムーロ騎手騎乗で不気味だが、初輸送だし、ここは過剰人気と思って切りたい。

共同通信杯を勝ったオウケンムーンは、今年の共同通信杯のメンバーやこれまで戦ってきた相手的にも、そこまで評価できないのではないだろうか。

 

わりと妙味重視のメンバーになったので、ステルヴィオを軸に3連複だけにしようかな。

外すときは外すし、ガミるときはガミるし、気負わず楽しんでいこうと思う。