異呆人

毒にも薬にもならない呟き

「この」アプリ:其の三 〜シノアリス〜

不定期連載の気になるゲームを紹介する記事、第三弾。

むしろまだ3本目の記事だというあたりが、やる気のなさを表している。

ということで、今回紹介するゲームは「SINoALICE(シノアリス)」。

スクエアエニックスが送り出す異色のダークファンタジーである。

厳密にはスクエニとポケラボの共同運営・企画らしい。

どんな分担で運営しているのか知らないが、だいぶ王道からは遠い尖ったゲームになっていることは間違いない。

 

キャッチコピーが「それは『最悪』の物語」。

この段階で不穏なオーラしか感じさせない。

むしろこの不穏さがシノアリスのウリであり、魅力であると言える。

キャラクターは童話などの物語の女性主人公たち。

スノウホワイト(白雪姫)、赤ずきん不思議の国のアリス、シンデレラ、etc…。

当世風の美麗なビジュアルの女性キャラクターたちの可愛さはあるが、「可愛い」とか「萌え」といった要素だけでゴリ押ししない、ダークな雰囲気作りがよくできている。

トーリーは、彼女たち物語の主人公が各々の目的を果たすために物語の「作者」を蘇らせようとする、といったものである。

そのためには、自分以外の存在を排除しなければならないらしい。

かくして彼女たちは、敵とも味方ともつかない相手を片っ端から抹殺していく。

狂気と暴力が渦巻く世界である。

よくもまぁここまでやったなと思うほどの壊れっぷりだ。


とにかく、主人公の女の子たちが尋常でない。

尋常でないというのは普通でないということで、頭のネジが何本も抜け落ちているだろうというほど、人格が破綻している。

かなりプレイする人を選ぶゲームである。

ストレートに言えば、気持ち悪い。

しかし、その気持ち悪さがクセになる。

露悪趣味みたいなものである。

元来人間が持つ欲望やエゴを、刺身で出すように手を加えずに提示する。

だから気持ち悪さの底には、許されない願望の昇華があり、それが心のヒダをくすぐるのである。

ただしスプラッタシーンがあるわけでもなく、グロテスクなわけではない。

いわば、そういったホラーを映像で見るのではなく、小説で読むようなものである。

グロテスクさを包み隠し、さらに可愛さで彩りを添えているので、何とも不思議な味わいがある。


肝心のゲーム性はいたってシンプル。

いわゆるポチポチゲーである。

戦闘は武器と、ナイトメアという召喚獣のようなものの選択だけで進む。

属性ジャンケンで弱点を突く要素こそあれ、ほとんど考えずにポチポチするだけ。

少なくとも、私がプレイしている序盤はそうだ。

時間はあまりかからないが、時間が常に流れ続けるので放置できない。

今のところ、戦闘はさほど面白くはない。

トーリーを楽しむことがメインではないかと思う。

ガチャは武器とナイトメア、それから各主人公にはいろいろジョブがあって、それにより装備できる武器が変わるのだが、そのジョブが出る。

SSの出現率は高いとは言えないが、まぁゲームを普通に進める上では問題を感じない。

キャラを強くするには武器を強くすることが必要だが、強化素材は比較的簡単に手に入る。

他にもコロシアムなどいろいろな要素があるが、まだあまりプレイできていない。


あと、ヘッドホンプレイ推奨。

音楽が良いし、声優さんも頑張ってる。

とにかくダークな雰囲気作りにしっかり力が入っていて、世界観を楽しめるようになっている。

ただし、繰り返しになるがプレイする人を選ぶ。

とにかく可愛いキャラクターの性格が、徹底的に気持ち悪いから。

逆に言えば、そんなプレイする人を選ぶ尖った作品をスクエニが出したあたり、とても意気を感じる。

ナレーションキャラのギシンとアンキの小噺も、まずまず面白いし、頑張って続けて欲しいと思う。

まどマギ」とか、ダークファンタジー好きは是非どうぞ。

2017 中京記念、函館2歳ステークス 〜結果〜

syuten0416.hatenablog.com

 

中京記念

買った馬券

馬連:3ー6、10、14、15

3連複軸1頭:3ー6、10、14、15


結果

1着:3ウインガニオン

2着:6グランシルク

3着:15ブラックムーン

 

馬券は本命のウインガニオンから馬連ながし。

だが思ったより人気しており、それだけだと配当的に旨味がないので、3連複をウインガニオンを軸にして追加。

私は広く浅く狙いたいので、最近は複系馬券を2種類買うときに軸を揃えることは少ないのだが、今回はそこそこ自信があったので突っ込んでみた。

結果は、馬連と3連複のW的中。

ウインガニオンは外から逃げにかかったトウショウピストに前を譲ったが、結果的には内側の良い位置を追走して、直線で先頭に立ってからはきっちり後続を振り切ることができた。

後ろが人気馬ばかりで配当的には今ひとつだが、結果的に今回印を付けた馬は皆人気してしまったので仕方がない。

ちょっと厚めに張るという判断ができただけ良かった方だろう。


函館2歳ステークス

買った馬券

ワイド:13ー2、3、8、11


結果

1着:11カシアス

2着:8ウインジェルベーラ

3着:7アリア


本命にしていたスズカマンサクの人気が薄く、途端に自信がなくなってワイドのみ。

結果的に買い目の馬は人気薄が多かったので、それでも結構配当はつきそうだった。

ワイドだけを厚めに買って、一発大きいのを期待。

だがレースは本命があっさり馬群に沈んで、馬券は外れて終了。

12番人気のウインジェルベーラが2着に入り、なかなかの高配当となった。

ウインジェルベーラに印を回していたので何とか当てたかったものだが、何を言ってもタラレバという奴である。

本命が検討違いなら話にならないということ。

まぁ、最後に切ったアリアを含め、気にしていた馬は軒並み前の方だったので、そこまで悪くはなかったか。

今回の感触はまた次の2歳戦に生かしていきたい。


今週はしっかり当てられたので、先週のマイナスを取り返してお釣りが来た。

私自身は暑さにやや夏バテ気味だが、馬券の調子は相変わらず良いようだ。

来週からは開催が新潟、小倉、札幌の三場に変わる。

この波を切らさないように、しっかりチェックしていきたい。

無言の圧力

仕事をしていてときどき「朱天さんって、無言の圧力をかけてきますよね…」と言われる。

そんなことを言ってくる当人には「そんなことないよ」と言うのだが、もちろんそんなことないわけはなく、無言の圧力をかけている。

わざわざ言わない理由は一つで、言わない方が効果があるからである。

だから言った方が効果がある人、というか言わないと効かない人にはストレートに言って圧力をかける。

まぁ言わないと効かない人のうちの半分くらいは、言っても効かない人だったりするが。

 

そもそもなぜ圧力をかけるのかと言えば、それが仕事だからである。

例えば、営業職にはたいていノルマがある。

営業のマネージャーというのは、各員がノルマを達成できるようにマネジメントするのが仕事である。

「数字悪いけど大丈夫?」と成績不振者に聞くことが圧力と言える。

この言い方だとかなり緩いと思われるが、まぁそんな感じである。

あるいは私の仕事は取引先に商品を売ってもらうことである。

取引にはいろいろ条件があるもので、場合によっては「頑張って売ってね」と尻を叩く必要もある。

これもまた圧力である。

圧力をかけると、嫌な顔をされるものである。

だからよほどのドSでもない限り、喜んで圧力をかける人はいないだろう。

しかし嫌な仕事だからとやらないのは、ただの職務怠慢である。

圧力をかけられる側の人は「こいつも仕事だから仕方なくやってるんだな」と我慢してあげてほしい。

 

私はそういう圧力をかけなければならない場面において、何も言わないことがしばしばある。

そもそもたいていの人は「そんなこと言われなくてもわかってるよ!」という状態なのである。

本人に自覚があるのに圧力をかけることは、余計なお世話か、相手をただ追い詰めるだけである。

成績不振なら、不振の理由を確認したり、必要があればアドバイスもするだろうが、わざわざ「もうちょっと頑張ってよ」なんて言うのは愚である。

それに、人によっては本人が一番、状況そのものに圧力を感じているのである。

そういう人はえてして自分を追い込みがちなので、余計な圧力は逆効果である。

 

そうやって何も言わないでいると、自分で圧力を感じて、ただ普通に接しているだけでも「頑張らないと」と思うらしい。

そしてそれを無言の圧力と受け止められる。

私は自分自身でそう思ってもらうために何も言わないので、そう感じてくれるのは意図した通りだと言える。

自分自身で気付いてもらう方がいい。

行動というのは、自発的なものの方がコミットメントが高い。

言われてやらされることは、モチベーションも下がる。

無言の圧力というのは、言い換えれば「気づきの促し」である。

だからマネジメントする側が考えることは、いかに直接言及せずに危機意識を持ってもらうか、主体的に動いてもらうか、ということだと言える。

 

しかし「無言の圧力」がかかっていると主張されるということは、やり過ぎなのだろう。

私としては柔らかくやっているつもりだが、こういうのは受け取る側の感覚がすべてである。

人によっては、私が電話しただけで「何かやらかしましたか?」と恐縮する。

そんなに怒ってもないし、怖くないつもりなのだが。

まぁ、甘い人間でないことは間違いない。

2017 中京記念、函館2歳ステークス 〜予想〜

中京記念

◎:3ウインガニオン

◯:10ダノンリバティ

▲:6グランシルク

△:15ブラックムーン

△:14グァンチャーレ

 

毎年そこそこ荒れるサマーマイルシリーズの開幕戦。

ここ2戦で調子を上げて来ている上がり馬が良さそうなのと、左回りの適正は考えておきたいかなと思う。

 

本命はウインガニオン。

データ的にはばっちりだし、前走はグランシルクを抑えての1着。

夏場の成績が良いことも頼もしい。

57kgは軽くないが、逃げることを考えると内側の枠も良さそうだし、ここは自信を持って推しておきたい。

 

対抗はダノンリバティ。

こちらも夏の方が成績がいい馬。

右回りよりも左の方がやや得意だし、ここは勝負になるんじゃないかと思う。

前走久々だったのに再度2ヶ月空けてるあたり、臨戦過程をどう評価すべきなのかが気になるところではある。

 

単穴はグランシルク。

重賞でも安定した成績を残している好走魔。

近走の成績だけなら出走馬中で最も好ましいのではないだろうか。

56kは恵まれた方だと思うし、なかなか勝ち切れないが、今回は勝ちまであるかもしれない。

福永騎手への乗り替わりはどう出るか。

 

ブラックムーンは重賞になると途端に勝てなくなるのが気になるが、このメンツなら勝負になっていいはず。

データ的にもいいし、個人的には外枠の差し馬にデムーロ騎手なら常に警戒しておきたい。

ブラックムーンもそうだが、グァンチャーレも叩き2戦目で臨む馬で、ここは良い走りが期待出来そう。

グァンチャーレは前走でブラックムーンにあっさり負けているが、今回は斤量差がさらに1kg広がる55kgなのが魅力。

ただし左回りの成績は悪いので、積極的な評価は難しいか。

 

他には、凡走続きだが去年は一発かましたピークトラム、マイネルアウラート、ワンアンドオンリーが気になるがどうか。

マイネルアウラートは夏場の成績がいまいち。

ワンアンドオンリーは思い切った距離短縮と、最重量58kgがどう出るか。

 

函館2歳ステークス

◎:13スズカマンサク

◯:11カシアス

▲:3デルマキセキ

△:8ウインジェルベーラ

△:2ナンヨープランタン

 

この時期の2歳重賞なんて、何もわからないというのが本音。

とりあえず出生月や馬体重などのデータを突き合わせて、あとは前走チェックしてなんとなく良さそうな馬を買うしかないか。

 

本命はスズカマンサク。

前走は綺麗にスタートを決めてすんなり逃げ切っていた。

また雨が降るかもしれないし、前残りは十分考えられる。

欲を言えば、もう少し内の枠が欲しかったか。

対抗のカシアスはキャリア2戦だが、ナンヨープランタンに負けた1戦目も決して悪くない。

2戦目の勝ちっぷりからすれば、十分勝ち負けだろう。

単穴にしたデルマキセキは、デビュー戦はギリギリでの勝利だったが、終始外を回ってのことだと考えれば案外良いような気がする。

ウインジェルベーラとナンヨープランタンはデータと枠を踏まえた比較的適当なチョイス。

馬券の買い方をどうするか悩ましいところだなぁ。

世界に対する効力感

新聞を読んでいると、ナイトプールの話題が記事になっていた。

ホテルなどのプールを、夜などに一般開放するようである。

お値段はお手頃とは言えないが、高級ホテルのオシャレなプールでちょっとリッチな気分で遊べますよ、というのが売りらしい。

写真撮影スポットや小道具などもあるらしく、若い20代とおぼしき女性たちが、浮き輪に身を預けて遊んでいる写真が掲載されていた。

モデルだろうか、一般の人だろうか。

夏だなぁ、エロいなぁ、と思いながら記事を眺めていた。

ただのおっさんの感想である。

 

記事によると、彼女たちはその写真をインスタグラムなどに上げたりするらしい。

一般人が水着の写真をネットに上げるなんて、一昔前なら考えられなかったことだろう。

もちろん一昔前にはネット自体が存在しないし、そんな女性が世の多数派だとも思わない。

しかしそういう価値観が存在するということが、何だか時代が変わってるのだなと感じさせる。

水着写真をネットで晒すリスクとか、そんな説教臭いことを言うつもりはない。

見て欲しい、褒めて欲しい、認めて欲しい。

そんな自己顕示欲がこれでもかと露骨に発露されていることに戸惑いのようなものを感じる。

何が欲しいのか。

賞賛そのものか。

それとも寂しさなど、別の空いた穴を埋めるために必要なのか。

 

ネットの存在は、人と世界の関係を変えたなと思う。

遠く離れた人と一瞬で繋がれるとか、買い物に行かずに欲しいものが手に入るとか、そういうことも含めて、個人の世界、個人ができることが広がったなと思う。

特に人と繋がることが容易になったと思う。

人が集まれば社会になるのだから、社会の入り口というのは人と人が接するところにある。

その範囲が格段に拡大した。

例えば趣味のランニングの集まりを催したいと思ったら、周りのランニング好きに声をかけることになる。

だがそう都合よく周りにランニング好きがいるとは限らない。

そういったときに目的を同じくする人と簡単に繋がれるようになった。

いわゆる「アラブの春」に代表されるようなデモ行為も、SNSによって拡大される。

それが加速度的に手軽なものになり、多くの人が手軽にゆるく繋がれるようになった。

 

以前、何度かネットで声をかけられて、見知らぬ人たちの参加する飲み会などに参加したことがある。

まだmixiをやっていた頃で、そこでここと同じようなしょうもないことばかりダラダラ書いていたから、こいつは相当な変人で面白いかもしれないと思われたのかもしれない。

さておき、そういった飲み会などのアクティビティに参加すると、大抵は同じように「よくわからないけど声をかけられたから来てみました」という人たちだったりする。

特にタイプが似ているとか、特徴的だとか、そういう風には感じられなかった。

声をかけた人が、なぜ私を含むこれらの人たちをピックアップしたのかわからなかった。

聞いてみたら「なんとなく、面白そうだと思った」とか、「とりあえず、楽しければいいんじゃない?」みたいな答えが返ってくる。

ほとんどは二度と参加することはないのだが、彼らはどうも同じような集まりを何度も繰り返しているようだった。

 

きっと効力感が欲しいのだろうなと思う。

自分が声をかけて、人が集まって、なんだかわからないけど形になった。

世界が変わったような気がするかもしれない。

自分が何かを為したような気になるかもしれない。

暖簾に腕押しでなく、確かに自分がやったことの手応えが感じられる。

そういうものが欲しいのかもしれない。

人を集めるという行為は、本来的には難しいものなのである。

集まるからには目的があるわけで、目的を同じくする人を探す必要がある。

たくさん集めようとすればするほど、声をかける母数を増やす必要がある。

普段の生活圏で知り合う人に声をかけるのでは、自ずと限界がある。

よしんば目的を同じくする人を見つけられたとしても、その人の都合が合うかどうかわからない。

もしかしたら、相手は自分のことが嫌いかもしれない。

声をかけるとなれば基本的には知り合いだろうから、普段の自分が知られているわけである。

「〜が声をかける集まりなら行かないでおこうかな」とならないとも限らない。

ネットで素性がわからなければ、「とりあえず目的が合致するから参加してみるか」となるかもしれない。

 

インスタグラムで水着の写真を上げる行為も同じようなものかもしれない。

たくさんの人から「いいね!」が付くことで、自分が何かすごいことをしたような気になるかもしれないし、自分がすごい存在だと思えるかもしれない。

飲食店の巨大な冷蔵庫に入った写真を上げるバカ共も、つまるところはそうなのだろう。

誰かに見て欲しいという気持ちの向こう側には、ただ自分を認めて欲しいというだけでなく、確かに自分がやったことが世界に影響を与えていることを感じたいという気持ちがあるのかもしれない。

普段の生活で、そんな機会というのはなかなかない。

生活というのは、人生というのは、基本的にはもっと地味なものである。

自分がどれだけ頑張っても、周りの物事というのはほとんど変わらない、変えられない。

そういう閉塞感から抜け出したいという脱出願望のようなものかもしれない。

それは現実逃避とも言えるのだが。

 

本当は「生き甲斐」と言われるものが、それらの願望を代替するのだろう。

自分という存在が確かにこの世界に存在しているという実感を得られるもの、「生きている甲斐」である。

ただ効力感を得ることと生き甲斐との違いは、効力感というのが世界のリアクション、外から与えられるものなのに対して、生き甲斐が内から湧き上がる自分自身の感覚であることだろ。

もしかしたら10年後に同じように水着の写真をアップしても、世界は大したリアクションをとってくれないかもしれない。

そうすると、効力感は得られなくなる。

ももし、水着の写真をアップすることそのものが生き甲斐なら、ただそうしていれば同じような効力感を得られるはずである。

どちらが人生を充実させるかは言うまでもない。

 

なんか水着の写真を連呼したが、別に水着じゃなくてもいい。

なんなら全裸でもいい。

いや、さすがにそれは法に触れるか。